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中篇小説の目次

2002/06/30『文学なんて、うんざりだ。』
2002/02/23『読書の件~読めば読むほど莫迦になる~』
1991/07/30『目覚め、そして旅立ち』
1989/03/31『霧中・夢中・無中』

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2007年05月03日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

メモ

FC2BLOGって使いやすいですね。
他の場所にあったコンテンツを移行しようと思って準備中です。

2006年11月21日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

「マツケンサンバ2」特設サイト

http://broadband.biglobe.ne.jp/matsuken/index-st.html
ここ、おすすめです。話題の「マツケンサンバ?」フルコーラス動画が無料公開されています。
大勢の若者から黄色い声援を浴びる暴れん坊将軍の姿は普段は余り見られない光景だと思うのですが、実際のところどうなんでしょう?
それにしてもこの方がこんなにも若くて艶っぽい歌声の持ち主だったとは知りませんでした。
白塗りメイクに金ぴか衣装という派手ないでたちで、完全にビジュアル系です。
観ているうちにどういうわけだかうるうるしてしまうのですが、これがいわゆる「感動」ってやつでしょうか。
1分程も続く長い前奏部分では着物の女性ダンサーだけが踊り続けていて、なかなか主役が登場しないという超絶焦らしテクニークが粋な演出ですね。

2004年10月07日 日記 トラックバック(0) コメント(4)

映画『恋の門』を観ました

新宿で開かれた一般試写会に行って参りました。

とことん笑えて時には泣けて、まさに悲喜交々の極上エンタテインメント作品だと思いました。それぞれのキャストが訳者本人の持ち味を保ちつつ原作の雰囲気にも染まっていて、見事でした。テレビドラマでの酒井若菜さんには割りとアイドル的な印象を持っていたのですが、この映画ではキャピキャピしているだけではないエキセントリックな魅力を感じました。小島聖さんの危険なお姐さんぶりには圧倒されました。松田龍平さんの緩急織り交ぜられたシュールな演技にはいままでのクールな印象とは全然違うものを感じました。どことなく松尾監督が乗り移っているような印象を受けたのですが、気のせいでしょうか? 松尾スズキさんはやはり松尾スズキさんそのものという感じでした。それでもやっぱりちゃんと毬藻田にもなり切っていて、この作品の原作と監督の出会いは、ものすごくミラクルな奇跡だったのではないかとさえ思えました。

これは僕が勝手に思ったことなんですが、原作でも重要ファクターだった門くんとお父さんのエピソード、ここには監督自身の体験にも重なる父親への思いが込められていたのではないかと思うのです。ちなみに私事ではありますが、僕が交際している彼女のお父さんもつい3ヶ月前に亡くなりましたもので、一緒に観に行った彼女はこのシーンにはかなり感じるところが大きかったそうです。僕も亡くなる半年前位から彼女のお父さんと会っていて、これから仲良くなっていくのだろうかと考えていた矢先のことでしたもので、やはり人ごととは思えず、原作でも映画でもお父さんのシーンは泣けました。

そういえば原作の絵柄は「漫画」の中でも「劇画」と呼ばれる範疇に入ると思うのですが、この映画演劇出身の松尾監督映画作品ということもあって、これまた「映画」の中でも「劇画」と呼べるものなのではないかと感じました。過激なようでいて繊細な描写の中にむせかえるほどの現実感が匂い立つ、まさに劇的(ドラマティック)な作品でした。実際に「むせかえる」シーンが妙に多いので、ともすれば別の匂いも漂ってくるかのような気がしないでもないですが、それも含めて登場人物の体温を感じさせる熱い作品でした。 

原作全5巻を読んでいましたもので原作との差も気になっていましたが、人間関係やエピソードがスマートに凝縮されていて、うまく映画バージョンの話になっていたと思います。

松尾さんならでは絶妙の『変な間』は、映画恋の門』の魅力のひとつですね。どうでも言い話ですが『変な間』と『恋の門』って字面も似ています。そこかしこに散りばめられたギャグも冴えていて、助演の方々の存在感も素晴らしく、まだまだお勧めのポイントは山ほどあるといった感じで、ほんとにもう本一冊分くらい書いても書き尽くせない程ですが、百聞は一見に如かずといいますからね。これはもう、観て絶対に損しない映画どころの話じゃありませんよ。さんざん笑えて感動できて、映画館を出る頃には愛や夢や希望や元気といった沢山のお釣りを抱えていることでしょうから、むしろ観なきゃ損する、というくらいの名画です。

そうそう、試写会だとパンフレットが売られていないもので、来月の公開後にもう一度ちゃんと観に行ってパンフレットも購入したいと考えています。ちなみに他にもグッズは販売されるんでしょうか? 門くんの衣装がかっこよかったので、フィギュアとかあると嬉しいんですけれど。できれば普段着バージョンと石のコスプレバージョンの着せ替えができるようなw

2004年09月14日 日記 トラックバック(0) コメント(3)

放送は無事終わりました

ここへの反応がなくて寂しい限りではありますが、もともと僕自身があまり書き込んでないのでしょうがないといえばしょうがないですね。

ちなみに映画恋の門』初日は10月9日に決まったそうです。
公式サイト http://www.koinomon.com/も気合が入っていて大変素晴らしいです。

僕自身が今年、映画館に観に行った映画はといえば、『ゼブラーマン』と『キューティーハニー』と特撮だけというわけでして、かなりオタッキーだったりするんですが、今年は「マンガ作品の実写映画化ブーム」だったみたいです。そんなこんなでご多分に漏れず『恋の門』も漫画原作シリーズなのです。あ。『ゼブラーマン』は漫画原作というわけではないですね。でも漫画版もありますので勝手に仲間に入れてみました。

今年は他にも『NIN・NIN~忍者ハットリくん THE MOVIE』や『デビルマン』があります。僕は観逃してしまいましたが『キャシャーン』もありましたよね。あと、公開日はまだ先みたいですがしりあがり寿原作・クドカン監督作品の『真夜中の弥次さん喜多さん』もあります。

しりあがり寿原作といえば、庵野秀明監督のショートムービー『流星課長』がめちゃくちゃ面白かったです。主演は松尾スズキさんということで『恋の門』と合わせて鑑賞したいものです。

2004年09月07日 日記 トラックバック(0) コメント(3)

銭形金太郎から早1年

懲りずにまたテレビに出ることになりました。

大人計画の松尾スズキさん監督映画恋の門
特別番組『恋愛映画監督 松尾ちゃんが行く』
(9/5(日)26:00~テレビ東京系列にて放送予定)

映画の予告編もあると思うのでお見逃しなく!

2004年09月05日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

体育会系オリンピックだけでなく

文化系オリンピックもあっていいと思うんです。文学系は言葉の壁があって難しかったりするかもしれませんが、数学オリンピックとかそういうのはあるようですから、その手のものを一同に集めてほしいと思うんです。

中学や高校には「中体連」や「高体連」だけでなく「中文連」や「高文連」がありますよね。そういう感じになってくれてもいいと思うんですが、すでにそういうものはあるんでしょうか。

■メモ■

完全なる独創という評価は完全なる知識を身に着けた人物にしかなし得ない。そしてまた完全なる知識を身に着けている人物という評価が可能なのも完全なる知識を身に着けた人物によってしかなし得ないのである。我々はこの世にそのような人物が存在し得ないということを経験上よく知っている。このことは同時に完全なる独創がこの世に存在する可能性を誰一人として断定できないことも証明している。

2004年08月25日 日記 トラックバック(0) コメント(2)

後で何か書くつもりですが……

どうだかわかりません。書きたいことは結構あるんですけれど、どうにも意欲が沸かないといいますか、夏バテかもしれません。

2004年08月24日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

閻魔堂跡地

2ちゃんねるに書き込もうとしたら何故かできなかったので、ここに書きます。

去年の秋頃に従事していた仕事の外回り営業で埼玉県川越市を訪れた折の出来事です。

そこは川越城を囲む城下町の一角で「小仙波町」という不思議な地名の名づけられた地区なのですが、道路は舗装されているものの歴史の長い町並みだけあって立派な旧家が並ぶところです。後で知ったことですがこの一帯は蔵の様に頑丈な家造りをしてきたために震災火災の影響を受けず殆どの旧家が現存する「小京都」とも言われる観光名所なんですね。

夕刻頃のこと、その地の一角に少々場違いな印象の廃屋を見つけました。薄れかけた看板の文字を読むと、どうやら元は不動産屋さんだったようです。しかし道路に面した大きな窓は割れまくっていて、埃にまみれた建物の中は黒く薄汚れており壊れた家具やゴミが散乱していて、かなり以前から廃屋になっていたようなのです。隣にはアパートらしき建物がありますが、こちらもかなり汚れていて、どうも人が住んでいる気配はありません。

ここまでは別段不思議な話ではありませんが、問題は廃屋の裏側にありました。そこは鉄条網で囲われ土の地面のむき出しになっている空き地のような場所で、大小様々な石が無造作に置かれています。すぐ側の道路は舗装されていて住宅街の一角ということもありここだけがいきなり野晒しというような浮いた印象を受けました。そしてその場所の中心には大小様々な「地蔵」が並んでいて、その奥に大きな石碑があり何やら書かれているのですが、文字が擦れていて読めません。不気味な雰囲気に虞れを感じつつも好奇心にかられた私は鉄条網のなかに分け入り立て札に近寄りました。

――「閻魔堂跡地」と書かれていました。

持参の地図を見てみると、地図にも「閻魔堂跡地」とあります。有名なところなのかと思ったのですが、それにしては余りにも無造作で、どう見てもその廃屋と跡地のある一角だけ捨て置かれているという印象です。

――近隣の人にさえ疎まれている場所なのでは?

考えが至るなり急に悪寒を感じた私はすぐさまその場を離れ営業先に向かいました。次の営業先である産院は程近い場所にありましたが、扉のノブを回す時に奇妙なぬめりを感じて少し気持ち悪くなりました。産院ですから羊水か何かが付着していたのかもしれません。それはさておき営業の結果は暗澹たるもので契約には至りませんでした。

その後も幾つかの営業先を廻りましたが全く無しの礫で疲れました。実はその日「閻魔堂跡地」を訪れるまでは格別に営業成績がよかったものですから急に落ち込んできたのはよもや祟りではあるまいな? などと自分の営業力を棚上げにして邪推する始末。そして夜も更けてきた頃、街灯の少ない田園地帯を歩いていた私は不覚にも道に迷い、不安な心持のまま2時間近くも無駄にしてどうにか仕事を終え、文字通り骨折り損の草臥れ儲けと相成りました。

最近になってこの日のことを思い出し「川越 閻魔堂」のキーワードでネット検索してみたところ、「喜多院の七不思議」の一節「おばけ杉」が見つかりました。その木を切りつけると真っ赤な血が流れ出したという伝説だそうですが、いまはもうその木自体が残っていないんだそうです。さらに「七不思議」の「琵琶橋」という逸話は「僧侶が小仙波町で道に迷う話」で、あの日の私の体験と重なります。念のため地図を見ましたらやはり「閻魔堂跡地」のあった場所は「喜多院」のすぐ側でした。

参考リンク「川越の民話と伝説(1)」(「喜多院の七不思議」が載っています)
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/kwg1840/minwa.html#densetu1

2004年08月10日 日記 トラックバック(0) コメント(4)

球界と文壇

球界問題がテーマの『朝まで生テレビ』を観ていたら「文化を守ることとと商売として成功させることとは別次元の話だ」というような話が何度も出てきて、文壇に似ているなあと感じました。

そういう意味においても高橋源一郎の第1回三島由紀夫賞受賞作『優雅で感傷的な日本野球』は名作なのだろうと思うのですが、今回の騒動に関する高橋源一郎のコメントはないものでしょうか?

ちなみに今回の件がきっかけでライブドアの堀江社長と共同通信の編集委員がネット上で喧嘩状態になっているらしいですね。ネット上の人間関係のトラブルはさして珍しくもないことですが、名のある人同士ということになるとなかなかどうして面白そうです。

堀江社長といえば『社長日記』を殆ど毎日更新し続けることで社長自ら自社Blogサービスの広告塔となっているということでも有名ですが、2ちゃんねるの管理人・西村博之氏のBlogは『元祖・社長日記』なんですけれど、これってやはり堀江社長を意識してのことなんでしょうか。 

2004年07月30日 日記 トラックバック(0) コメント(4)

舞城王太郎がついに芥川賞候補に!

『阿修羅ガール』で三島賞を受賞したメフィスト出身作家・舞城王太郎が、おととい発表された芥川賞候補に入っているとのことで、それに関して2ちゃんねるの文学板に色々と書いたので、コピペしておきます。
以下、2ちゃんに書いたものです。

舞城は三島賞受賞前に発表されていた『鼻クソご飯』(単行本未収録)を読んで以来ずっと注目しているので、芥川賞もGETしちゃってほしいです。舞城の文体が気に入らなくて読めないという人は、とりあえずということで現在発売中の『IKKI』綴じ込み付録の『ピコーン』漫画版を読んでみては如何でしょうか?
ちなみに『ピコーン』は表題作が三島賞候補になった単行本『熊の場所』所収の書き下ろし作品です。

覆面作家といえば『日本人とユダヤ人』のイザヤ・ベンダサンがいますよね。正体は宗教歴史学者の山本七平で、『家畜人ヤプー』の解説なども書いています。沼正三もこの人だったりはしないのでしょうか?

あとポストモダンの旗手・トマス・ピンチョンは人前に姿を現したことがなく、外部の人間との接触はエージェントを通して行うそうです。ネットで調べてみると顔写真がありましたが、本物なんでしょうか?
とにかく経歴に関しては生年月日と出身地のみ明かされているところが、舞城と共通しています。しかもピンチョンは1937年生で、舞城は1973年生。デビュー作がアメリカを舞台にしていたことや翻訳をこなすところからも察するに、舞城が姿を隠しているのはピンチョンの影響ではないかと思われます。

舞城は女性だという説もあるようです。

2004年07月09日 日記 トラックバック(0) コメント(6)

当たり前のようでいて忘れていること

■俗に「現実は小説より奇なり」と云いますが、考えてみれば之は当然の理です。何故なら「小説」は常に「現実」の範疇に帰属するものであり「現実」が「小説」の外側にある状態は起こり得ないからです。そもそも「小説」と云うものは「現実の作者」に拠って書かれ「現実の読者」に拠って読まれるという「現実」がなければ存在しないものなのです。慥かに「作者の頭の中だけに存在する小説」や「作者以外の人目に晒されていない小説」という類は当然ありますが、前者は小説になりうる想像という程度のものでしかなく、後者は人目に触れるまでは存在しないも同然ということです。そして其れが実際に書かれ或いは読まれる段に至れば忽ち其れはやはり例外なく「現実の一部としての小説」になるだけなのです。若し本当に「現実より奇なる小説」があるとすれば其れは「永遠に書かれざる永遠に読まれえぬ小説」だけ、ということになるでしょう。

■小説や文学について、或いはまた音楽や絵画やスポーツや仕事や政治や殺人事件について語ることは、夫々が別の世界の別の次元の話というわけではなく全く同じ性質のものであり、同時にそれは人生や社会について語っているのと特に変わらない同一のものなのではないでしょうか? これは冷静に考えてみると至極当たり前の常識的意見ともいえそうなものですが、そうはいっても普段はついうっかりと忘れがちな姿勢に思えるのです。たとえばミステリ小説を読んでいて、「事件」という部分を「文学」や「人生」、「音楽」、「政治」というように置き換えてみても意味が通じるのです。文化や生活様式への取り組み方や考え方はおしなべて皆、人生全般に適用可能なのです。

■京極夏彦作品における宗教や哲学に関する薀蓄解釈応用の件には、どうにも文学のことを云っているようにも思える節が感じられます。そしてまた同時にそれは人生の話でもあるのでしょう。やはり優れた文学作品は物語性と批評性を内包しているものなのです。

■1998年・山本英夫『殺し屋1』→2000年・高橋源一郎『鬼畜』→2003年・金原ひとみ『蛇にピアス』……スプリット・タンが出てくる作品の発表順です。

■犯罪の低年齢化を憂える声を良く耳にしますが、本来なら教育の行き届いていない未成熟な子供が悪いことをするのは不思議でもなんでもなく、むしろ義務教育を終えて分別を弁えているはずの成人による犯罪が当たり前になっている社会の方がどうかしていると考えるべきではないでしょうか?

■インターネットや携帯電話といったコミュニケーションツールは使い方さえ間違えなければ大変便利なものですが、四六時中メールや掲示板の返信に追われていたりしてしまっているのでは逆に不便極まりない事態にもなりかねません。それではまるで道具に人間が使われてしまっているようなものです。IT革命の恩恵を存分に享受するためには道具の進化だけに留まらず人間自身が進化しなくてはならないのでしょう。

2004年07月05日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

イベント終了

MCを務めさせて頂いた古本すうさい堂リニューアルオープン1周年記念イベント『世界の中心で、生き恥をかく』は、大盛況のうちに終えることができました。
出演者及びご来場の皆様、お疲れ様でした。
今後とも『古本すうさい堂』並びに『工藤伸一に関する諸問題』を宜しくお願い申し上げます。

2004年07月04日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

すうさい堂と京極堂(どっちも古本屋)

■今日、夜から「すうさい堂」のイベントがあります。

 僕は司会を務めさせて頂きます。
 主なプログラムは音楽演奏ですが、
 バンド、弾き語り、DJとバラエティに富む内容となっております。
 入場無料、ドリンク代だけですので、興味がある方は是非、
 お気軽にご来場くださいませ。

 古本すうさい堂リニューアルオープン1周年記念
『世界の中心で、生き恥をかく』
 ・LIVE:岩崎恵一(音響派)/口石アキラ(昆虫派)
/Aki(ボサノヴァ姫様)/魔ゼルな規犬(from名古屋・アンビエントお馬)
  /近廣直也&泪橋ミュージックホール
/世界中の銃口にウンコを詰める行動部隊
 ・DJ:KOMAYASHI/SUICIDE/YAMA-CHAN/NON-CHAN/EBISUYA
 ・MC:ナイスガイ工藤伸一
23:00start/チャージ無料+ドリンクオーダー
UPLINK FACTORY(03-5489-0750)

 【古本すうさい堂電脳部門】  【UPLINK FACTRY】

■京極夏彦の京極堂シリーズがついに映画化。

 第1弾『姑獲鳥の夏』は来年夏公開予定とのこと。
 映像化が難しそうな内容だけに、どう仕上がるのか気になります。
 配役は以下の通り。 
 ・中禅寺秋彦/堤真一
 ・関口巽/永瀬正敏
 ・榎木津礼二郎/阿部寛
 ・木場修太郎/宮迫博之
 全国30万人の京極堂シリーズファンの方にはどう映るでしょうか?
 ちなみに僕は今、4冊目の『鉄鼠の檻』を読んでいるところで、
 今日明日中には読み終える予定です。

 【京極夏彦が所属する大沢オフィスHP・大極宮】  【nikkansports.com】

 ■三島賞作家・中原昌也(暴力温泉芸者)がspaceshowerTVに出演。
 
  昨日の夜、偶然観ていたんですけど、よく出ているんでしょうか?
  何かZIMAを10本以上飲んでヘベレケになりつつ
  映画評コラム等でお馴染みの毒舌吐いてて面白かったです。
  そういえば以前、小説の原稿料より『SPA!』の映画評の原稿料の方が
  高いというようなことを書いていて驚いたのを覚えています。

2004年07月03日 日記 トラックバック(0) コメント(2)

月9芥川賞Vシネマ特撮ヒーロー小学館漫画文学

来週から始まるフジの月9ドラマ『東京湾景』が気になっています。

原作が芥川賞作家の吉田修一というのも珍しいことですが、主演の和田聡宏の大抜擢もすごいと思います。この人、僕も顔を見て初めて気づいたのですが、「アイフル」のCMに出ていた人だそうです。といってもチワワを飼っている人ではなく、その前のシリーズです。お金がなくてチャリに乗ってツーリングに参加したり、海パン一丁でスキューバダイビングに来たりして友達から見離されてしまうというやつですね。どことなく浅野忠信似で存在感があるなと思っていたら、デビューは塚本晋也監督映画『BULLET BALLET』ということで、やはり只者ではなかったようです。

あと、友情出演ということでVシネ界のアニキこと哀川翔が出るのも見所です。もともとアニキの存在は知っていたものの別段気に留めていなかったのですが、偶然観ていた『木更津キャッツアイ』に本人役で登場していて度肝を抜かれ、『ゼブラーマン』がツボにハマってからというものかなり気になる人物なのです。宮藤官宮郎の手の内に嵌められた、ということなんでしょうかね。

クドカン作品はその後、彼女の薦めで『マンハッタンラブストーリー』も全部観て凄さを思い知らされたという感じで、初の監督作品『弥次喜多 in DEEP』も楽しみにしています。しりあがり寿の漫画が原作なのですが、先日の「キューティーハニー前夜祭」で観た庵野秀明監督作品『流星課長』もしりあがり寿の漫画が原作で、かなり面白かったのです。

だけど考えてみたら月曜日の9時は仕事中だったりします。しかもビデオデッキが壊れていたりするもので、観るのはビデオ化されてからになるかもしれません。

あと、前回書いた小学館の文芸路線ですが、漫画の分野にもかなり影響が窺えます。月刊誌『IKKI』最新号には三島賞作家・舞城王太郎の『ピコーン!』の漫画版が付録本としてついていたり、『スピリッツ』には直木賞作家・石田衣良原作の『4TEEN』が連載され、『スペリオール』次号からは漱石の『こころ』が始まるそうです。漫画版を手がけるのは『センチメントの季節』などの官能的かつ感傷的な作風で知られる榎本ナリコということで、どういった仕上がりになるのか楽しみです。

2004年07月01日 日記 トラックバック(0) コメント(5)

佐世保の事件と魍魎の匣

佐世保の事件が報道された頃、ちょうど京極夏彦の2作目『魍魎の匣』の終盤、12歳の少女2人の屈折した関係が暴露される辺りを読んでいたもので、驚きました。実はこの小説、冒頭で鉄道事故の場面があるのですが、そこを電車の中で読んでいたら本当に人身事故で電車が止ってしまうという偶然も起きていたもので、それもあっての印象でした。それでちょっと気になってこの作品に関する何らかのいわくでもないものかと調べてみたところ、作中に登場する相模湖の取材予定日に、作中同様にバラバラ死体が発見されてしまい、それで取材を取りやめたんだそうです。全て偶然の産物かもしれませんが、そうと言い切れる保証もなく、何だか薄ら寒さを感じてしまった次第です。しかしながらちょうどこういった共時性(シンクロニシティ)の問題解明についての話が今読んでいる3作目の『狂骨の夢』に出てくるようなので、どういう解釈がなされているのか楽しみにしているところです。

2004年06月10日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

漱石デビュー100周年、京極デビュー10周年

というわけで最近していなかった文学関連の話を久々にしてみようかと思います。

今年は漱石が『猫』を発表して100周年目に当たるそうです。暦の都合などで正確にいうとどうなのかわかりませんが、とりあえず1905年1月に第1回の連載が開始されたので大体当たっていますよね? 言文一致の文体を導入することによって幕が開けられた近代文学の黎明期は、誰あらぬ漱石の登場によって不動の地位を獲得したわけで、日本文学史における漱石の貢献度は言うまでもないことですが、何よりも新しかったのは、高尚さを保ちながらも娯楽的側面を兼ね備えたジャンル不明の流れを切り開いたところにこそあるといえましょう。もちろんそれ以前にも二葉亭四迷らの努力があったわけですが、『猫』に到ってその成果が結実したといえるのではないでしょうか。何より漱石の門下生には芥川がいますし、その芥川をこよなく愛読したのが太宰でしたから、漱石から連なるべストセラー作家の系譜は現在にまで脈々と受け継がれてきているのです。

それにも関わらずどういうわけか国語教科書からも千円札からも追いやられてしまうのは、もはや100年経てば古典だからということなのでしょうか。そういえば芥川賞の若手女流作家2人によるW受賞というは、もしかすると夭折の女流作家・樋口一葉が5千円札のモティーフとして人口に膾炙するという流れを汲んでのはなむけというような意味合いがあったりするのかもしれませんね。

同時に今年は京極夏彦のデビュー10周年にも当たります。そういう節目の年に直木賞を受賞できたのは、さぞ嬉しかったことでしょうね。それにしてもこの10年間、ずっと人気作家の地位をキープしてきたわけですから、本来「将来の人気作家候補」に授けられるというような意味合いを持ってきた直木賞を今更になって受賞したのは妙な話ともいえますが、後付でそれを認められたと考えればいいのでしょうか。

今年の前期は芥川賞ともどもセンセーショナルでしたから、もしかすると今後もそういう路線が考えられるのかもしれません。そうするとたとえば、芥川賞の登竜門とも言われる『文學界新人賞』出身者でありながら賞とは無縁の不遇の日々を長く過ごした末にベストセラーを生み出した片山恭一あたりが今度はノミネートされるかもしれません。ちなみに僕はアメリカのSF作品そのまんまの題名といういわくつきということへの拒否反応もあって今のところ読んでないのですが、何にせよ売れるモノを作れるのはいいことです。文化だ芸術だと声高に叫ぶだけで腹は膨れませんし、それだけ大勢の関係者を養っているということですから、無下には批判できません。

ちなみにその題名の元ネタはアメリカSF界の2大文学賞ヒューゴー賞・ネビュラ賞両方を受賞しているSF作家ハーラン・エリスンの『世界の中心で愛を叫んだけもの』ですが、これは原題『The Beast That Shouted Love At the Heart of the World』の忠実な翻訳ですから、エリスンのセンスだったというわけです。訳者は映画『ブレ-ドランナー』の原作として名高いフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』も手がけている浅倉久志。これまた原題『Do Androids Dream of Electric Sheep』そのままということで原作者のセンスということになりますが、ジェイムズ・ティプトリーJr.の『たったひとつの冴えたやり方』の原題は『Starry Lift』ですから、浅倉氏のセンス自体が優れていたといえるでしょう(※日記公開後に「no1livesforever」さんよりご指摘がありましたので追記しておきます。作品集『Starry Rift』の収録作品『たったひとつの冴えたやり方』は原題「The Only Neat Things to Do」のほぼ直訳だそうです。ですから作品集のタイトルを収録作のタイトルに変えた点のみが浅倉氏のオリジナルということだったわけですね。ご指摘ありがとうございました)。

それにしても英語の原題のほぼ直訳の邦題が日本人の読者の琴線にも触れるというのは、どことなく不思議な現象のようにも思えます。従来なら日本人の感性に合うように意訳するのが翻訳の基本だったようにも思うのですが、生活の隅々にまで舶来文化の行き渡った現代の日本に住む日本人の感性はもはやグローバル化によってすっかり変質しているということなのかもしれません。

それはさておき、文学史上類を見ないほどの希代のベストセラー作家・村上春樹と文学の未来を変えたとまでいわれるポストモダンの旗手・高橋源一郎が芥川賞作家でないことがどうにも理解できないので、そこら辺も何とかしてもらえないものかと思っています。

あと、今まで知らなかったんですが京極夏彦って僕の出身高校の先輩だったんですね。ネットで調べ物をしていて、ついさっき偶然に知りました。そうすると出身高から直木賞作家が出たということで、地元では大騒ぎだったりしているのかもしれません。でもあまり知られていないかもしれないので、どうなのかは定かではないのですが。京極氏は僕の10歳上ですから、同じ先生に学んでいたりもしたのかもれません。帰省する折には郷里の友人にでも訊いてみたいと考えています。

10歳年上でデビュー10周年ということは、現在の僕と同じ年齢であの質実剛健博覧強記抱腹絶倒の名作『姑獲鳥の夏』を書き上げていたということですから、空っぽの我が身の体たらくを振り返ってみて情けないばかりです。ちなみに倶知安高校出身の有名人は他に漫画家のゆうきまさみ等もいますが、そんなに規模の大きな高校というわけでもないのに、すごいことだなあと思った次第です。まあ高校がすごかったところで僕自身がどうだというわけでもないですが、一流の人物と同じ環境に身を置けたという意味で誇らしさを多少なりとも感じてみた次第であります。

2004年06月05日 日記 トラックバック(0) コメント(7)

長崎の事件について

人権が守られるべきなのは加害者ではなく被害者ですから、被害者名も被害者の顔写真も報道されるべきではありません。被害者の人権を侵害しているマスコミが加害者の人権を擁護するような発言をしているのは笑止なことです。

加害者が愛読していたというバトロワは、憎み憎まれ殺し殺されることの悲しみの心情を描いた作品ではありませんか? そのためにリアルで痛みを感じさせる表現を用いたのです。いわば戦争批判小説ともいうべき代物です。ですからバトロワファン=残酷な人格障害者というわけではなく、作品のテーマを理解できず細部の残酷描写のみに感化されるというその時点ですでに人格障害は始まっているのでしょう。

それにバトロワはあくまでも想像の世界を描いたフィクションですが、むしろ現実社会において行われているノンフィクションの戦争報道、こちらのほうが現実に人を殺すことへの罪の意識をマヒさせている、そういう可能性を考えてみてもいいのではないでしょうか? 自らの自分勝手な正義を貫くために安易にイラク人を殺しまくるアメリカ。そのアメリカを支援する日本政府。そこで義務教育を受けている子供が、自らの自分勝手な正義を貫くために安易に人を殺す。全く自然な流れです。

バトロワの残酷描写には海外の戦争小説や国内外の事件などから引用されたと思しき部分が結構あるように思います。実際に人を殺したわけではないのですから、想像を膨らませて書くしかなかったのは当然のことです。そうはいってもバトロワの著者がサディスティックな性質の持ち主であっただろう点だけは否定できません。もともと新聞記者だったわけですし、その頃から猟奇事件の取材に好奇な視点を持って接していただろう可能性もあります。えてして報道関係者のなかには、そういう部分があるのかもしれません。しかしバトロワの著者は、それを良心的なテーマの中に閉じ込めて、フィクション造りに昇華させることができたという意味で、常識人だったわけです。

そもそも本や映画というものは、偶然に享受してしまうおそれのあるものではなく、読者や視聴者が能動的に動かなければ目には入らないものですから。それに対してテレビのニュースというものは、偶然に目に入ることが多いものです。ですから本や映画より以上の不特定多数への影響に配慮する必要があります。報道関係者が体を張って仕事をしているのが悪いことだとはいいませんが、たとえば「首を切る画像がネットで流された」なんて言い方をする必要はありませんし、被害者の傷が深さ10センチだったなんてことも報道する必要はないはずです。それこそ徒に市民の好奇心を刺激するサディスティックな行為だと思うのです。

2004年06月03日 日記 トラックバック(0) コメント(1)

キューティーハニー前夜祭

庵野監督目当てで行ってきました。庵野秀明・安野モヨコ夫妻のお惚気トークが楽しかったです。表現者同士の夫婦には憧れますね。

サトエリの演技にはさほど期待していなかったのですが、観てみたらなかなかカッ飛んでいて、よかったです。頭空っぽなOLハニー役もドスの効いたキューティーハニー役、どちらも大げさすぎるくらいの過剰な演技が逆にアニメ出身の庵野監督の演出にマッチしていると感じました。サトエリはかなりの読書家で、暇さえあれば文章を書いているそうです。どういうものを書くのか、興味あります。そういえば庵野監督の実写デビュー作『ラブ&ポップ』のヒロイン役を演じた三輪明日美は自ら映画のプロデュースなども手がけていますし、前作『式日』のヒロイン役を演じた藤谷文子は、原作を手がけています。庵野監督は、クリエイティブ志向の高い女優を起用する傾向にあるのかもしれません。

実は今年になってからケーブルテレビで『新世紀エヴァンゲリオン』が放映されていましたもので放映されなかった映画版もレンタルで観て今更になってようやっと全部観終えまして、今回のイベントで庵野監督作品の映画は全て観たということになります。

そこで全体的に感じたのは、どれもがいい作品ではあったものの、どうにもラストがぐだぐだになってしまう傾向にあるようだということです。ラストに到るまでの流れが素晴らしいだけに、どうしてもその辺りがひっかかるのですが、多分それは監督の作品を終わらせてしまうことに躊躇する姿勢があるのかもしれません。いわばそれはオタク気質と言い換えてもいいものでしょう。エヴァの主人公と同じ名前を持つ社会学者・宮台真司の言葉じゃありませんが、終わりなき日常を生きることからの逃避を目的として映像作品を作り続けてきたというような独白を『式日』の登場人物であるところの監督が言いますが、それこそまさに庵野監督自身が抱えてきた心の葛藤を如実に表したものだと考えれば、いつまでも可能な限り自分の生み出した創作世界と戯れながら生きていくことこそが創作者の精神を安定させるものであり、それを自らの手によって終わらせなければならないことは断腸の思いということなのかもしれません。

他にも色々と書きたいことはあるので、そのうちまた追加します。

2004年05月29日 日記 トラックバック(0) コメント(1)

『華氏911』

マイケル・ムーア監督の『華氏911』が気になります。9・11同時多発テロ事件の黒幕がジョージ・ブッシュだという噂は以前よりありましたが、この映画ではかなりその説の裏づけに繋がる事実が明かされているそうです。世界的大問題にまで発展した地球規模の事件ということを考えれば、これは単なるゴシップということでは済まされない問題です。

ちなみに『華氏451』といえばSF小説の大御所レイ・ブラッドベリのベストセラー小説で、フランソワ・トリュフォー監督によって映画化されたことでも有名ですが、「思想統制と言論弾圧の恐怖」がテーマだったはずです。読書は罪とされ全ての本は「焚書官」によって華氏451度の炎で焼かれ、市民は下らないテレビ番組しか見ることを許されないという未来の話です。下らないテレビ番組、なんて書くとよくないかもしれませんが、いかに活字離れした視聴者が多かろうとも曲がりなりにも作家たる放送作家あってこそのテレビ番組ですから、読書を禁じられた世界で作られるプログラムが下らないものばかりになるだろうことは目に見えています。

今ではテレビも映画も本も既成だらけですから、唯一自由といえるのはインターネットだけとも言えるかもしれませんが、それも危うい傾向になりつつあります。そういえばこのインターネット自体が元々はペンタゴンのミル・ネットに由来するものだったことを考えてみると、電脳空間をアジトとしていると言われているタリバンとブッシュの間に繋がりがあっても、決して不自然ではないのかもしれません。

この『華氏911』はディズニーが配給を降りたことでも話題になっていますが、ここ最近のディズニーは他にも何かとすったもんだがあったそうです。セル画をやめてCG一本にするということでセル画アーティストをリストラする一方で、自社でCG制作を手がけるからと『ファインディング・ニモ』のCG制作に貢献したCG製作会社との契約更新を一方的に取りやめてしまったりしたという話です。ビジネス的戦略ということでやむをえないという言い方もできますが、現在のディズニーの社長は実写映画の失敗で大損失を出しているとのことですから、手放しで応援できる人ともいえないんだそうです。ちなみにこのディズニー裏話は、『SPA!』か『アスキー』の最新号に書かれていたゴシップ記事からの引用です。色々と書きましたけれどもディズニー映画で好きなものもたくさんあります。たとえばCG技術の全くなかった時代に制作された映画『トロン』の擬似CG映像には、子供心にも大変興奮しました。今見てもレトロフューチャリズム溢れるサイケな傑作といえましょう。これからもそういう作品を作っていってほしいものです。

ところで以前から気になっていたんですがディズニーとドリームワークスはライバル関係にあるともいえる間柄のようですが、ディズニー製作の『スーパーマリオ』とドリームワークス製作の『メン・イン・ブラック?』ってストーリーがそっくりじゃなかったでしょうか? あれはどうしてなんでしょう? 記憶違いかもしれませんので、またあとで調べてみようと思います。

2004年05月23日 日記 トラックバック(0) コメント(3)

珍夢の話

掲示板およびメールへのレスが遅れてしまって申し訳ありません。
今日明日中には何とかしようという所存でありますが、
とりあえず、ついさっき見た夢の話でも書いてみることにします。

昨日は連休明けの仕事始め2日目で、休みボケなのかどうにも体調がすぐれず頭痛を抱えながらの一日だったということもあって、22時ちょっと前に帰宅後、ご飯を食べてから23時半頃には寝てしまいました。いつもなら寝る前に風呂に入るのですが、その気力がなかったもので整髪料を付けたまま寝てしまい、寝ている間に頭が痒くて掻き毟ったりしていたような記憶が有りますが、意外と眠りは深かったようで、4時半頃には目が醒めてしまい、風呂に入ってネットを見たりしていました。

さて、夢の話ですが、僕は日頃から、ぜんぜん意味不明の珍夢という感じのものをよく見るほうなのですが、今夜の夢もご多分に漏れず訳の判らない内容でした。

夢の中の僕は、何らかの事情があって知り合いの家に居候しているらしく、その家は診療所を営んでいるもので、僕は診察室の片隅で生活しているのです。その家には診察室と待合室の他には台所があるだけで、そもそも僕が寝泊りするには狭すぎるもので、そういうことになってしまったようです。もともとの居住者は他に家があるのでしょうけれど、やはり何らかの事情があって、僕を泊めるのは診療所の方にせざるを得なかったのでしょう。夜の間は診療もなく、僕は診察室のベッドで悠々と眠ることができるのですが、それでも急患などがあったりすると患者のためにベッドを明け渡すしかなく、毛布に包まりながら壁際の折りたたみ椅子に座って診察が終わるのを待ちます。待合室には何故か行ってはいけないようなのです。深夜の診察が終わり、医者らしき知り合いの年配の女性が「お腹空いたでしょ?」と言うなり台所で何やら夜食を作ってきてくれました。マグロとキュウリのヅケを串刺しにしたものです。それを食べながら女性と話をしていたのですが、彼女は何だか奇妙な宗教じみた新進小説家の世直し論とやらに嵌っているらしく、延々その話ばかりなので、辟易してしまいました。2時間ほど話に付き合って、ようやく彼女が診療所を出て行ったので、僕は再び診察ベッドに戻り眠ることができました。翌朝、診療所の外からけたたましい拡声器を使った声に起こされたので、その声に耳を傾けながら窓の外を見やると、選挙カーの前に立った白いスーツを着た候補者らしき若い男性が演説をしているようです。両脇にはピンク色のスーツを着たうぐいす嬢らしき数人の若い女性がいて、周りには聴衆もかなり集まっています。「私は皆さんもご存知だろうと思われますが、小説家として一応はそれなりの成功を収めた男ではありますが、この度、かねてより密かに憧れていた政治の道に飛び込むことを決意いたしました。つきましては、その決意の程をふんだんにつぎ込んだテーマソングを聴いて頂きたく存じます。ミュージック、スタート!」選挙カーのスピーカーからBGMが流れ、男は歌い始めました。うぐいす嬢たちはコーラスをしています。窓の内からその様を眺めながら僕は、「どうして小説家が選挙に出馬するからといって歌を唄う必要があるのだろう?」と不審に思いつつ、聴衆の中にテレビの取材班らしき人々がいて、レポーターが中継しているということに気がつき、診察室内のテレビを付けてみたところ、ちょうどニュースでも報道されているところでした。中継が終わるとコメンテーターの男性が口を開きました。「これはオウム真理教のパクリですね」キャスターがそれに答えました。「全くその通りです。だから小説家という人種は鼻持ちなりません」するとコメンテーターは鬼のような形相になり、「あんなヤツが小説家だと公言するのは、私は認めませんよ!」と憤慨を顕わにしたのでキャスターは慌てて「いえ、先生のような人であれば構わないのですが、一般的な話をしたまでで」と弁解しました。僕はそれをぼんやりと聴きながら、「どうしてこう、人間の世の中はくだらないんだ」と呟いてから、冷蔵庫の上に置いてあった夜食の残りを手に取りましたが、酸っぱい匂いがするので口に運ぶのは諦めて、「はあ」と大きなため息をひとつ吐き、ベッドに戻り二度寝に落ちて行きました。そこで目が醒めたというわけです。

わざわざ日記に書くような内容でもなかったですね。とはいえ変な時間に目が醒めて暇だったのと、せっかく細部まで覚えていたのだからということで、書いてみた次第です。

ところで、この前の日記に書いていた「劇団四季」の元シンガーの女性ですが、来週の『誰でもピカソ』のゲストだそうです。昨日は十一代目を襲名した市川海老蔵が出ていて、彼も気になる存在だったもので、良かったです。観たのが途中からだったのが残念です。

あと、ここの日記って、色々な機能が用意されているらしく、「入力ルール」なる頁があるんですね。とりあえず今のところは何も使わずに書いていますが、今後は折を見て使っていこうかと考えています。

2004年05月07日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

最初の更新

さてそんなわけで、ここはいわゆる最近ハヤりのブログとかいうシステムの日記らしいので、色々と書いてみます。ブログっていうのは、自分の書いたキーワードに自動リンクを張ってくれたり、それがまた自動的に更新されたり、同じような話題が出ている他の方のサイトを見つけやすかったり、日記にレスが出来たりするものだそうです。まあ、ブログなわけですからわざわざ説明しないでも判らなければ「ブログ」という言葉のリンク先を見ればいいのかもしれませんが、雑誌などの説明を見ても僕にはよく理解できなかったもので、自分なりに判りやすい書き方をしてみた次第です。実はこのブログという用語を知る以前からこの手の日記サイトは気になってはいたんですが、手動でリンクを張りまくっているんだと思っていたんです。実際、僕自身もそういう風にして面倒な作業を繰り返してきましたから。そんなわけで、このシステムは実に便利なものだと実感することがやっとできてよかったです。

ちなみに、この「はてなダイアリー」を選んだ理由は、もともと「はてなアンテナ」に僕のサイト「工藤伸一に関する諸問題」(ここにも自動リンクが張られるのでしょうか?)が「和光大学つながり」というページに入れられていて、それを知ったことから「はてな」を知り、その後、「週刊アスキー」を読んでいて「はてな」が国から表彰されたという話も知って好感を覚えていたところ、先週の「SPA!」の特集記事で日本で一番の人気を誇るブログサービス提供サイトが「はてなダイアリー」だと知って、さて使ってみようということになったわけです。あれ? でもそれだとここを借りたのが3ヶ月前なので、計算が合いませんけれども、面倒なのではしょります。

それでまあ、書くこといってもテレビや本の話ぐらいしかないんですけど、書いてみることに致しますです。

さて、ゴールデンウィークに入りましたが、とりあえず家でぐだぐだしているという感じです。あさってからちょっと遠出するつもりですが、それまで体力を温存しているといった按配です。

何気なくテレビを付けたら『ミュージックフェア21』がやっていて、劇団四季メンバーが勢ぞろいしていたんですが、その中のお一人の女性、どこかで見た事がある顔だなと思ったら、数年前に浜崎あゆみみたいな感じのシンガーとして売り出されていた人でした。レコード会社との考え方の違いが原因で新譜を出さなくなり、もともとやりたかったミュージカルの道に進んだということらしいのですが、好きでもない流行の路線で売れる道を捨てて、好きな道での成功を手に入れるという生き方はいいなと思いました。

あと、深夜に見た特番で、テレビ朝日のアナウンサー勢ぞろいの朗読イベント『voice』というものが6月にあることを知りました。番組内では「恐竜の架空実況中継」という作品をやっていたんですが、僕にはいまいち面白さが判りかねました。その手のものなら、恐竜映画を観ていれば結構ありますからね。どうせならテレビ朝日のアナウンサーだからこそ出来るものということで、「朝まで生テレビ」の実況中継とかをやってくれたらいいのにと思いました。ちなみに数年前、フジテレビの似たようなイベントを友人に誘われて観に行ったことがあるんですが、内容はよく覚えていません。

『アルプスの少女ハイジ・総集編』を観ました。よくある『懐かしのアニメ特番』では「クララが立った」シーンばかり出てきますが、一番泣けたのは、ハイジがクララと生活を共にするためにと都会・フランクフルトに連れて行かれ、ホームシックの余りに気が変になっていくところです。医者の診断によってようやく山に帰ったものの、しばらくの間は後遺症が残り、ヒステリー症状を起こしてしまたりするのです。ハイジがそんなにシビアな話だったとは、今まで知りませんでした。

あと、OVA版『うる星やつら』もちょこっと観ました。今年に入ってから、『新世紀エヴァンゲリオン』をやっとこさ映画版も含めて全篇観たり、『マンハッタンラブストーリー』を全話観たりしていていました。気にはなっていたものの、ちゃんと観ていなかったものを観られると、満足感がありますね。

ところで最近、「集団ストーカー」なる言葉があるそうです。リンク先の説明を読んでみると、その怖さが判ります。主に企業や宗教団体が行うということで、被害者の方が悪者扱いされてしまうケースもあったりするという、怖い話です。

それにしてもブログって、少しコツが必要みたいですね。キーワードの途中に中黒(・)を入れたり、単語同士の間に句点を入れていなかったりすると、うまくリンクが張られないわけです。たとえばここまでの文章だと、「マンハッタンラブストーリー」なら正確にリンクが張られますが、「マンハッタン・ラブ・ストーリー」だと妙な具合になってしまいます。句点のケースでは、「気になっていたものの、ちゃんと観ていなかった」だとリンクは生成されませんが、句点を省き、「気になっていたもののちゃんと観ていなかった」にすると、「ののちゃん」というキーワードに反応されてしまうわけです。こういう部分は勉強しないといけないようです。

2004年05月02日 日記 トラックバック(0) コメント(2)

メモ

とりあえず場所をお借りしました。

2004年02月04日 日記 トラックバック(0) コメント(2)

いいサイトの条件

全体の見やすさとセンスのよさが兼備されていることがいいサイトの条件だと思うのですが、いざ自分で其れを実現しようと試みてはいるものの、かなり骨が折れる作業ですよね。そもそも、レイアウトやカラーコーディネイトのセンスや知識が無いと、簡易ツールを使用してのデザインとはいえ、なかなかいいものはつくれないですね。僕のサイトは、その点、どうなのでしょうか?デザインや内容に関して意見や質問がある方は、是非、当サイト内の掲示板「高架下BBS」にカキコを宜しくお願い致しまする。

2001年07月30日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

日記について

このページでは、僕が日々感じたり、考えたりした様々な事柄について、毎日ではありませんが、随時書き込んでおりまする。
特に、PC関連事項に対する疑問や愚問、HPを運営する上での苦悶や感想等がメインとなっておりまする故、ここでの僕の発言に対する意見や質問への回答等がありますれば、是非、「高架下BBS」へ書き込んでいただきたく存じまする。
また、PC活用術のスキルアップを目指して日夜奮闘中の僕が、新たに習得した、或いは発見した、各種技術、基礎知識等についても触れていきまする故、その内容への補足事項や、間違いの指摘等も受け付けておりまする。

2001年07月12日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

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