スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--年--月--日 スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)

掌篇小説の目次

054(****/**/**)朝の肉片(*枚)
053(****/**/**)永遠の一瞬(*枚)
052(****/**/**)シンクロニシティ(枚)
051(2005/04/29)鍵隠し The Key Concealed(5枚)
050(2004/08/31)囮ボット The Decoybot(1枚)
049(2003/06/10)そして俺はいなくなった And, I Was Gone(1枚)
048(2004/06/13)普通の男 The Ordinary Man(1枚)
047(2004/06/13)ペロが死んだ Pelo Was Dead(3枚)
046(2004/06/13)11月のドライアイ November Dry Eye(4枚)
045(2003/06/10)ショートショートの神様 Got Of ShortShort(7枚)
044(2003/04/19)人生中毒 HumanLife Holic(6枚)
043(2003/04/19)小説 The Novel(2枚)
042(2003/04/19)寝坊の春 Spring Brings Over Sleep(2枚)
041(2003/02/12)約束 The Rendezvous(2枚)
040(2003/03/31)闘いは愛~ボブVSサップ・因縁の頂上対決 War Is Love(4枚)
039(2003/02/28)偽者のニジンスキー Nijinsky Posing As Judge Nijinsky(1枚)
038(2003/02/24)ぐしょ濡れマ×コ Dripping Wet There(1枚)
037(2003/02/23)徒然千枚
I Wrote The Words Enough To Covery 1000 Pages
Of Manuscript Paper To Pass The Time(8枚)
036(2003/02/12)超ひも男・ロン Metastrings Mistress(3枚)
035(2003/01/03)隠し小説(?枚)
034(2003/01/03)お正月(7枚)
033(2002/12/28)独面太郎(5枚)
032(2002/12/07)要約すると The Summing Up(12枚)
031(2002/12/05)切腹マシーン Automatic Samurai Suicide(2枚)
030(2002/11/23)罰血(2枚)
029(2002/11/23)老い Senescence(1枚)
028(2002/11/16)ゾンビ伝説(2枚)
027(2002/10/30)400枚のショートショート巨編
Splendid Shortshort Over 400 Pages(4枚)
026(2002/10/27)U.O(1枚)
025(2002/10/25)村上春樹(4枚)
024(2002/10/24)実は僕は、このホームページを作った直後に死んでいます。(1枚)
023(2002/10/22)ロボット博士(7枚)
022(2002/10/19)炎を飼う男・良純(8枚)
021(2002/10/18)テレビの力(4枚)
020(2002/07/22)好々爺泣(8枚)
019(2002/07/10)ハンサム(3枚)
018(2001/09/15)『ああ無情』を読めなかった夏休み(10枚)
017(2002/07/06)民放女子アナウンサーの奇妙な体験告白(4枚)
016(2002/04/16)呵責 Bad Guilty Conscience(7枚)
015(2002/04/06)俺が煙草を教えた女
A Lady Teached Smoking By Me When The Steady Days Ago
014(2001/10/04)やばいよね
013(****/**/**)ジンホンニ(*枚)
012(****/**/**)ライカンスロープ(*枚)
011(****/**/**)身近な光景(*枚)
010(****/**/**)永遠の廊下(*枚)
009(****/**/**)不意の徒競走(*枚)
008(****/**/**)倶知安駅にて(*枚)
007(****/**/**)タイムマシン(*枚)
006(****/**/**)真実(*枚)
005(****/**/**)事件(*枚)
004(****/**/**)未来(*枚)
003(****/**/**)中毒(*枚)
002(****/**/**)一本のさみしがりやの木(*枚)
001(****/**/**)三匹の猫(*枚)

スポンサーサイト

2007年05月03日 掌篇小説 トラックバック(0) コメント(2)

中篇小説の目次

2002/06/30『文学なんて、うんざりだ。』
2002/02/23『読書の件~読めば読むほど莫迦になる~』
1991/07/30『目覚め、そして旅立ち』
1989/03/31『霧中・夢中・無中』

2007年05月03日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

メモ

FC2BLOGって使いやすいですね。
他の場所にあったコンテンツを移行しようと思って準備中です。

2006年11月21日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

鍵隠し(The Key Cocealed)

 ついこないだまでは日暮れともなるとまだまだ暖房が恋しくなることも少なくなかったというのに、梅雨を前にした4月末の時期にしては気の早い夏の到来を思わせるかのようなカンカン照りの一日だった。
 夕方になってもジメジメと湿気を帯びたままの外気を避け、半年ぶりに冷房を効かせた寝室の布団にふたりで横になってそれぞれ、彼女は昼間に出かけ自分で買って来た新刊のレディコミ雑誌を、僕は先日遠出してようやく手に入れた人気漫画新刊の豪華版を読んでいたところ突然リビングから「チャリン!」という妙な音が鳴り響いた。
 何だろうと見に行ってみると、冷蔵庫のドアに掛けてあった玄関の鍵束が、吸盤式の壁掛けクリップごと床に落ちていた。
 クリップを定位置に戻そうとした彼女は、鍵束と一緒に掛けてあったはずの自転車のカギがないことに気づく。
「シンちゃん、自転車のカギがないよ」
「昼間出掛けて帰ってきた時、カギは外した?」
「どうだろう?」
 そういって彼女は家の前に泊めてある自転車を確認するため玄関に向かった。
「あ!」
「あったの?」
「自転車のカギはないけど、玄関のカギが開いたままだった」
「そっか。まあ、気づいてよかった。最近、近所に強盗が出るっていうから」
 家の前に出て自転車を見ると、カギは付いていなかった。念のため玄関前の地面を探してみても落ちてはいなかった。
「不思議なこともあるもんだね。カギが落ちた音で様子を見に行ったら、玄関のカギをかけ忘れてるなんて」
「でも自転車のカギが見つからないわけだけど」
「どこ行っちゃったのかな」
 それから彼女の衣服のポケットの中やバッグの中や部屋中の床も調べてみたけれど、いっこうに見つからない。
「すぐ出掛けるわけじゃないし、また後にしようよ。探すのやめた途端に見つかることもあるって歌われてもいるわけだし」
「そうだね」
 いったん諦めたところで急にお腹が空いた彼女は焼きそばを作り、食べ始めた。
「これだけ探して見つからないなんて、まるで神隠しだ」
なんて言いながら僕は本の続きを読もうと寝室に戻りかけたが、そこで下らないダジャレを思いついたので、キッチンに戻り彼女に呼びかけた。
「カギだけに『鍵隠し』だね」
「オヤジギャグだよ」
 彼女が苦笑を浮かべながら言うのを聞きながら僕は、何気なくキッチンの床に目をやってみて驚いた。あれほど念入りに探したはずのキッチンの床に、自転車のカギがあったのだ。色合いの似たキッチンマットが保護色になって見失っていたらしい。 
 無事にカギを見つけて再び布団に戻ったところでおもむろに彼女は言った。
「そういえば今日、お父さんの墓前のお水をかえたの」
「それじゃ、義父さんがカギの掛け忘れを知らせてくれたのかもね」
「そうかもね」
「そうか、なるほど」
「どうしたの?」
「義父さんはユーモアを好みSFとミステリに親しむ人柄だったじゃないか」
「そうだけど。関係あるの?」
「大有りさ。鍵だけに『鍵隠し』ってユーモアではあるけど、ジャンルとしてはまあ、オヤジギャグなわけだよ」
「そうね。それで?」
「しかし、このギャグを思いつかなかったら、まだ鍵は見つかっていなかっただろう。言い換えればそれは、この言葉を思いつかない限り鍵を見つけることはできなかったということだ」
「そんなこと、あるかな?」
「それがね、SFやミステリの世界ではよくある話なんだよ。だからやっぱりこれは、義父さんの仕掛けだったのさ。鍵だけに『鍵隠し』。それがキーワードだったんだよ。まさに鍵だけにね」(了)

2005年04月29日 掌篇小説 トラックバック(0) コメント(0)

「マツケンサンバ2」特設サイト

http://broadband.biglobe.ne.jp/matsuken/index-st.html
ここ、おすすめです。話題の「マツケンサンバ?」フルコーラス動画が無料公開されています。
大勢の若者から黄色い声援を浴びる暴れん坊将軍の姿は普段は余り見られない光景だと思うのですが、実際のところどうなんでしょう?
それにしてもこの方がこんなにも若くて艶っぽい歌声の持ち主だったとは知りませんでした。
白塗りメイクに金ぴか衣装という派手ないでたちで、完全にビジュアル系です。
観ているうちにどういうわけだかうるうるしてしまうのですが、これがいわゆる「感動」ってやつでしょうか。
1分程も続く長い前奏部分では着物の女性ダンサーだけが踊り続けていて、なかなか主役が登場しないという超絶焦らしテクニークが粋な演出ですね。

2004年10月07日 日記 トラックバック(0) コメント(4)

映画『恋の門』を観ました

新宿で開かれた一般試写会に行って参りました。

とことん笑えて時には泣けて、まさに悲喜交々の極上エンタテインメント作品だと思いました。それぞれのキャストが訳者本人の持ち味を保ちつつ原作の雰囲気にも染まっていて、見事でした。テレビドラマでの酒井若菜さんには割りとアイドル的な印象を持っていたのですが、この映画ではキャピキャピしているだけではないエキセントリックな魅力を感じました。小島聖さんの危険なお姐さんぶりには圧倒されました。松田龍平さんの緩急織り交ぜられたシュールな演技にはいままでのクールな印象とは全然違うものを感じました。どことなく松尾監督が乗り移っているような印象を受けたのですが、気のせいでしょうか? 松尾スズキさんはやはり松尾スズキさんそのものという感じでした。それでもやっぱりちゃんと毬藻田にもなり切っていて、この作品の原作と監督の出会いは、ものすごくミラクルな奇跡だったのではないかとさえ思えました。

これは僕が勝手に思ったことなんですが、原作でも重要ファクターだった門くんとお父さんのエピソード、ここには監督自身の体験にも重なる父親への思いが込められていたのではないかと思うのです。ちなみに私事ではありますが、僕が交際している彼女のお父さんもつい3ヶ月前に亡くなりましたもので、一緒に観に行った彼女はこのシーンにはかなり感じるところが大きかったそうです。僕も亡くなる半年前位から彼女のお父さんと会っていて、これから仲良くなっていくのだろうかと考えていた矢先のことでしたもので、やはり人ごととは思えず、原作でも映画でもお父さんのシーンは泣けました。

そういえば原作の絵柄は「漫画」の中でも「劇画」と呼ばれる範疇に入ると思うのですが、この映画演劇出身の松尾監督映画作品ということもあって、これまた「映画」の中でも「劇画」と呼べるものなのではないかと感じました。過激なようでいて繊細な描写の中にむせかえるほどの現実感が匂い立つ、まさに劇的(ドラマティック)な作品でした。実際に「むせかえる」シーンが妙に多いので、ともすれば別の匂いも漂ってくるかのような気がしないでもないですが、それも含めて登場人物の体温を感じさせる熱い作品でした。 

原作全5巻を読んでいましたもので原作との差も気になっていましたが、人間関係やエピソードがスマートに凝縮されていて、うまく映画バージョンの話になっていたと思います。

松尾さんならでは絶妙の『変な間』は、映画恋の門』の魅力のひとつですね。どうでも言い話ですが『変な間』と『恋の門』って字面も似ています。そこかしこに散りばめられたギャグも冴えていて、助演の方々の存在感も素晴らしく、まだまだお勧めのポイントは山ほどあるといった感じで、ほんとにもう本一冊分くらい書いても書き尽くせない程ですが、百聞は一見に如かずといいますからね。これはもう、観て絶対に損しない映画どころの話じゃありませんよ。さんざん笑えて感動できて、映画館を出る頃には愛や夢や希望や元気といった沢山のお釣りを抱えていることでしょうから、むしろ観なきゃ損する、というくらいの名画です。

そうそう、試写会だとパンフレットが売られていないもので、来月の公開後にもう一度ちゃんと観に行ってパンフレットも購入したいと考えています。ちなみに他にもグッズは販売されるんでしょうか? 門くんの衣装がかっこよかったので、フィギュアとかあると嬉しいんですけれど。できれば普段着バージョンと石のコスプレバージョンの着せ替えができるようなw

2004年09月14日 日記 トラックバック(0) コメント(3)

放送は無事終わりました

ここへの反応がなくて寂しい限りではありますが、もともと僕自身があまり書き込んでないのでしょうがないといえばしょうがないですね。

ちなみに映画恋の門』初日は10月9日に決まったそうです。
公式サイト http://www.koinomon.com/も気合が入っていて大変素晴らしいです。

僕自身が今年、映画館に観に行った映画はといえば、『ゼブラーマン』と『キューティーハニー』と特撮だけというわけでして、かなりオタッキーだったりするんですが、今年は「マンガ作品の実写映画化ブーム」だったみたいです。そんなこんなでご多分に漏れず『恋の門』も漫画原作シリーズなのです。あ。『ゼブラーマン』は漫画原作というわけではないですね。でも漫画版もありますので勝手に仲間に入れてみました。

今年は他にも『NIN・NIN~忍者ハットリくん THE MOVIE』や『デビルマン』があります。僕は観逃してしまいましたが『キャシャーン』もありましたよね。あと、公開日はまだ先みたいですがしりあがり寿原作・クドカン監督作品の『真夜中の弥次さん喜多さん』もあります。

しりあがり寿原作といえば、庵野秀明監督のショートムービー『流星課長』がめちゃくちゃ面白かったです。主演は松尾スズキさんということで『恋の門』と合わせて鑑賞したいものです。

2004年09月07日 日記 トラックバック(0) コメント(3)

銭形金太郎から早1年

懲りずにまたテレビに出ることになりました。

大人計画の松尾スズキさん監督映画恋の門
特別番組『恋愛映画監督 松尾ちゃんが行く』
(9/5(日)26:00~テレビ東京系列にて放送予定)

映画の予告編もあると思うのでお見逃しなく!

2004年09月05日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

体育会系オリンピックだけでなく

文化系オリンピックもあっていいと思うんです。文学系は言葉の壁があって難しかったりするかもしれませんが、数学オリンピックとかそういうのはあるようですから、その手のものを一同に集めてほしいと思うんです。

中学や高校には「中体連」や「高体連」だけでなく「中文連」や「高文連」がありますよね。そういう感じになってくれてもいいと思うんですが、すでにそういうものはあるんでしょうか。

■メモ■

完全なる独創という評価は完全なる知識を身に着けた人物にしかなし得ない。そしてまた完全なる知識を身に着けている人物という評価が可能なのも完全なる知識を身に着けた人物によってしかなし得ないのである。我々はこの世にそのような人物が存在し得ないということを経験上よく知っている。このことは同時に完全なる独創がこの世に存在する可能性を誰一人として断定できないことも証明している。

2004年08月25日 日記 トラックバック(0) コメント(2)

後で何か書くつもりですが……

どうだかわかりません。書きたいことは結構あるんですけれど、どうにも意欲が沸かないといいますか、夏バテかもしれません。

2004年08月24日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

閻魔堂跡地

2ちゃんねるに書き込もうとしたら何故かできなかったので、ここに書きます。

去年の秋頃に従事していた仕事の外回り営業で埼玉県川越市を訪れた折の出来事です。

そこは川越城を囲む城下町の一角で「小仙波町」という不思議な地名の名づけられた地区なのですが、道路は舗装されているものの歴史の長い町並みだけあって立派な旧家が並ぶところです。後で知ったことですがこの一帯は蔵の様に頑丈な家造りをしてきたために震災火災の影響を受けず殆どの旧家が現存する「小京都」とも言われる観光名所なんですね。

夕刻頃のこと、その地の一角に少々場違いな印象の廃屋を見つけました。薄れかけた看板の文字を読むと、どうやら元は不動産屋さんだったようです。しかし道路に面した大きな窓は割れまくっていて、埃にまみれた建物の中は黒く薄汚れており壊れた家具やゴミが散乱していて、かなり以前から廃屋になっていたようなのです。隣にはアパートらしき建物がありますが、こちらもかなり汚れていて、どうも人が住んでいる気配はありません。

ここまでは別段不思議な話ではありませんが、問題は廃屋の裏側にありました。そこは鉄条網で囲われ土の地面のむき出しになっている空き地のような場所で、大小様々な石が無造作に置かれています。すぐ側の道路は舗装されていて住宅街の一角ということもありここだけがいきなり野晒しというような浮いた印象を受けました。そしてその場所の中心には大小様々な「地蔵」が並んでいて、その奥に大きな石碑があり何やら書かれているのですが、文字が擦れていて読めません。不気味な雰囲気に虞れを感じつつも好奇心にかられた私は鉄条網のなかに分け入り立て札に近寄りました。

――「閻魔堂跡地」と書かれていました。

持参の地図を見てみると、地図にも「閻魔堂跡地」とあります。有名なところなのかと思ったのですが、それにしては余りにも無造作で、どう見てもその廃屋と跡地のある一角だけ捨て置かれているという印象です。

――近隣の人にさえ疎まれている場所なのでは?

考えが至るなり急に悪寒を感じた私はすぐさまその場を離れ営業先に向かいました。次の営業先である産院は程近い場所にありましたが、扉のノブを回す時に奇妙なぬめりを感じて少し気持ち悪くなりました。産院ですから羊水か何かが付着していたのかもしれません。それはさておき営業の結果は暗澹たるもので契約には至りませんでした。

その後も幾つかの営業先を廻りましたが全く無しの礫で疲れました。実はその日「閻魔堂跡地」を訪れるまでは格別に営業成績がよかったものですから急に落ち込んできたのはよもや祟りではあるまいな? などと自分の営業力を棚上げにして邪推する始末。そして夜も更けてきた頃、街灯の少ない田園地帯を歩いていた私は不覚にも道に迷い、不安な心持のまま2時間近くも無駄にしてどうにか仕事を終え、文字通り骨折り損の草臥れ儲けと相成りました。

最近になってこの日のことを思い出し「川越 閻魔堂」のキーワードでネット検索してみたところ、「喜多院の七不思議」の一節「おばけ杉」が見つかりました。その木を切りつけると真っ赤な血が流れ出したという伝説だそうですが、いまはもうその木自体が残っていないんだそうです。さらに「七不思議」の「琵琶橋」という逸話は「僧侶が小仙波町で道に迷う話」で、あの日の私の体験と重なります。念のため地図を見ましたらやはり「閻魔堂跡地」のあった場所は「喜多院」のすぐ側でした。

参考リンク「川越の民話と伝説(1)」(「喜多院の七不思議」が載っています)
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/kwg1840/minwa.html#densetu1

2004年08月10日 日記 トラックバック(0) コメント(4)

球界と文壇

球界問題がテーマの『朝まで生テレビ』を観ていたら「文化を守ることとと商売として成功させることとは別次元の話だ」というような話が何度も出てきて、文壇に似ているなあと感じました。

そういう意味においても高橋源一郎の第1回三島由紀夫賞受賞作『優雅で感傷的な日本野球』は名作なのだろうと思うのですが、今回の騒動に関する高橋源一郎のコメントはないものでしょうか?

ちなみに今回の件がきっかけでライブドアの堀江社長と共同通信の編集委員がネット上で喧嘩状態になっているらしいですね。ネット上の人間関係のトラブルはさして珍しくもないことですが、名のある人同士ということになるとなかなかどうして面白そうです。

堀江社長といえば『社長日記』を殆ど毎日更新し続けることで社長自ら自社Blogサービスの広告塔となっているということでも有名ですが、2ちゃんねるの管理人・西村博之氏のBlogは『元祖・社長日記』なんですけれど、これってやはり堀江社長を意識してのことなんでしょうか。 

2004年07月30日 日記 トラックバック(0) コメント(4)

舞城王太郎がついに芥川賞候補に!

『阿修羅ガール』で三島賞を受賞したメフィスト出身作家・舞城王太郎が、おととい発表された芥川賞候補に入っているとのことで、それに関して2ちゃんねるの文学板に色々と書いたので、コピペしておきます。
以下、2ちゃんに書いたものです。

舞城は三島賞受賞前に発表されていた『鼻クソご飯』(単行本未収録)を読んで以来ずっと注目しているので、芥川賞もGETしちゃってほしいです。舞城の文体が気に入らなくて読めないという人は、とりあえずということで現在発売中の『IKKI』綴じ込み付録の『ピコーン』漫画版を読んでみては如何でしょうか?
ちなみに『ピコーン』は表題作が三島賞候補になった単行本『熊の場所』所収の書き下ろし作品です。

覆面作家といえば『日本人とユダヤ人』のイザヤ・ベンダサンがいますよね。正体は宗教歴史学者の山本七平で、『家畜人ヤプー』の解説なども書いています。沼正三もこの人だったりはしないのでしょうか?

あとポストモダンの旗手・トマス・ピンチョンは人前に姿を現したことがなく、外部の人間との接触はエージェントを通して行うそうです。ネットで調べてみると顔写真がありましたが、本物なんでしょうか?
とにかく経歴に関しては生年月日と出身地のみ明かされているところが、舞城と共通しています。しかもピンチョンは1937年生で、舞城は1973年生。デビュー作がアメリカを舞台にしていたことや翻訳をこなすところからも察するに、舞城が姿を隠しているのはピンチョンの影響ではないかと思われます。

舞城は女性だという説もあるようです。

2004年07月09日 日記 トラックバック(0) コメント(6)

当たり前のようでいて忘れていること

■俗に「現実は小説より奇なり」と云いますが、考えてみれば之は当然の理です。何故なら「小説」は常に「現実」の範疇に帰属するものであり「現実」が「小説」の外側にある状態は起こり得ないからです。そもそも「小説」と云うものは「現実の作者」に拠って書かれ「現実の読者」に拠って読まれるという「現実」がなければ存在しないものなのです。慥かに「作者の頭の中だけに存在する小説」や「作者以外の人目に晒されていない小説」という類は当然ありますが、前者は小説になりうる想像という程度のものでしかなく、後者は人目に触れるまでは存在しないも同然ということです。そして其れが実際に書かれ或いは読まれる段に至れば忽ち其れはやはり例外なく「現実の一部としての小説」になるだけなのです。若し本当に「現実より奇なる小説」があるとすれば其れは「永遠に書かれざる永遠に読まれえぬ小説」だけ、ということになるでしょう。

■小説や文学について、或いはまた音楽や絵画やスポーツや仕事や政治や殺人事件について語ることは、夫々が別の世界の別の次元の話というわけではなく全く同じ性質のものであり、同時にそれは人生や社会について語っているのと特に変わらない同一のものなのではないでしょうか? これは冷静に考えてみると至極当たり前の常識的意見ともいえそうなものですが、そうはいっても普段はついうっかりと忘れがちな姿勢に思えるのです。たとえばミステリ小説を読んでいて、「事件」という部分を「文学」や「人生」、「音楽」、「政治」というように置き換えてみても意味が通じるのです。文化や生活様式への取り組み方や考え方はおしなべて皆、人生全般に適用可能なのです。

■京極夏彦作品における宗教や哲学に関する薀蓄解釈応用の件には、どうにも文学のことを云っているようにも思える節が感じられます。そしてまた同時にそれは人生の話でもあるのでしょう。やはり優れた文学作品は物語性と批評性を内包しているものなのです。

■1998年・山本英夫『殺し屋1』→2000年・高橋源一郎『鬼畜』→2003年・金原ひとみ『蛇にピアス』……スプリット・タンが出てくる作品の発表順です。

■犯罪の低年齢化を憂える声を良く耳にしますが、本来なら教育の行き届いていない未成熟な子供が悪いことをするのは不思議でもなんでもなく、むしろ義務教育を終えて分別を弁えているはずの成人による犯罪が当たり前になっている社会の方がどうかしていると考えるべきではないでしょうか?

■インターネットや携帯電話といったコミュニケーションツールは使い方さえ間違えなければ大変便利なものですが、四六時中メールや掲示板の返信に追われていたりしてしまっているのでは逆に不便極まりない事態にもなりかねません。それではまるで道具に人間が使われてしまっているようなものです。IT革命の恩恵を存分に享受するためには道具の進化だけに留まらず人間自身が進化しなくてはならないのでしょう。

2004年07月05日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

イベント終了

MCを務めさせて頂いた古本すうさい堂リニューアルオープン1周年記念イベント『世界の中心で、生き恥をかく』は、大盛況のうちに終えることができました。
出演者及びご来場の皆様、お疲れ様でした。
今後とも『古本すうさい堂』並びに『工藤伸一に関する諸問題』を宜しくお願い申し上げます。

2004年07月04日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

すうさい堂と京極堂(どっちも古本屋)

■今日、夜から「すうさい堂」のイベントがあります。

 僕は司会を務めさせて頂きます。
 主なプログラムは音楽演奏ですが、
 バンド、弾き語り、DJとバラエティに富む内容となっております。
 入場無料、ドリンク代だけですので、興味がある方は是非、
 お気軽にご来場くださいませ。

 古本すうさい堂リニューアルオープン1周年記念
『世界の中心で、生き恥をかく』
 ・LIVE:岩崎恵一(音響派)/口石アキラ(昆虫派)
/Aki(ボサノヴァ姫様)/魔ゼルな規犬(from名古屋・アンビエントお馬)
  /近廣直也&泪橋ミュージックホール
/世界中の銃口にウンコを詰める行動部隊
 ・DJ:KOMAYASHI/SUICIDE/YAMA-CHAN/NON-CHAN/EBISUYA
 ・MC:ナイスガイ工藤伸一
23:00start/チャージ無料+ドリンクオーダー
UPLINK FACTORY(03-5489-0750)

 【古本すうさい堂電脳部門】  【UPLINK FACTRY】

■京極夏彦の京極堂シリーズがついに映画化。

 第1弾『姑獲鳥の夏』は来年夏公開予定とのこと。
 映像化が難しそうな内容だけに、どう仕上がるのか気になります。
 配役は以下の通り。 
 ・中禅寺秋彦/堤真一
 ・関口巽/永瀬正敏
 ・榎木津礼二郎/阿部寛
 ・木場修太郎/宮迫博之
 全国30万人の京極堂シリーズファンの方にはどう映るでしょうか?
 ちなみに僕は今、4冊目の『鉄鼠の檻』を読んでいるところで、
 今日明日中には読み終える予定です。

 【京極夏彦が所属する大沢オフィスHP・大極宮】  【nikkansports.com】

 ■三島賞作家・中原昌也(暴力温泉芸者)がspaceshowerTVに出演。
 
  昨日の夜、偶然観ていたんですけど、よく出ているんでしょうか?
  何かZIMAを10本以上飲んでヘベレケになりつつ
  映画評コラム等でお馴染みの毒舌吐いてて面白かったです。
  そういえば以前、小説の原稿料より『SPA!』の映画評の原稿料の方が
  高いというようなことを書いていて驚いたのを覚えています。

2004年07月03日 日記 トラックバック(0) コメント(2)

月9芥川賞Vシネマ特撮ヒーロー小学館漫画文学

来週から始まるフジの月9ドラマ『東京湾景』が気になっています。

原作が芥川賞作家の吉田修一というのも珍しいことですが、主演の和田聡宏の大抜擢もすごいと思います。この人、僕も顔を見て初めて気づいたのですが、「アイフル」のCMに出ていた人だそうです。といってもチワワを飼っている人ではなく、その前のシリーズです。お金がなくてチャリに乗ってツーリングに参加したり、海パン一丁でスキューバダイビングに来たりして友達から見離されてしまうというやつですね。どことなく浅野忠信似で存在感があるなと思っていたら、デビューは塚本晋也監督映画『BULLET BALLET』ということで、やはり只者ではなかったようです。

あと、友情出演ということでVシネ界のアニキこと哀川翔が出るのも見所です。もともとアニキの存在は知っていたものの別段気に留めていなかったのですが、偶然観ていた『木更津キャッツアイ』に本人役で登場していて度肝を抜かれ、『ゼブラーマン』がツボにハマってからというものかなり気になる人物なのです。宮藤官宮郎の手の内に嵌められた、ということなんでしょうかね。

クドカン作品はその後、彼女の薦めで『マンハッタンラブストーリー』も全部観て凄さを思い知らされたという感じで、初の監督作品『弥次喜多 in DEEP』も楽しみにしています。しりあがり寿の漫画が原作なのですが、先日の「キューティーハニー前夜祭」で観た庵野秀明監督作品『流星課長』もしりあがり寿の漫画が原作で、かなり面白かったのです。

だけど考えてみたら月曜日の9時は仕事中だったりします。しかもビデオデッキが壊れていたりするもので、観るのはビデオ化されてからになるかもしれません。

あと、前回書いた小学館の文芸路線ですが、漫画の分野にもかなり影響が窺えます。月刊誌『IKKI』最新号には三島賞作家・舞城王太郎の『ピコーン!』の漫画版が付録本としてついていたり、『スピリッツ』には直木賞作家・石田衣良原作の『4TEEN』が連載され、『スペリオール』次号からは漱石の『こころ』が始まるそうです。漫画版を手がけるのは『センチメントの季節』などの官能的かつ感傷的な作風で知られる榎本ナリコということで、どういった仕上がりになるのか楽しみです。

2004年07月01日 日記 トラックバック(0) コメント(5)

メモ

■とりあえずメモ。後でまた詳しく書く予定です。

・学校で教わらない犯罪教育と性教育の必要性。
・加害者が被害者に言葉で謝罪することへの違和感。謝罪法を説いたハンムラビ法典
・アパートの白骨と狂骨。事件性はないか?
・牛糞からパルプができる。繊維質と便意の相関性。
・社会保険制度とネズミ講の違いはあるのだろうか?
・阿部和重『ニッポニアニッポン』と獄本野ばら『下妻物語』~田舎と現代風俗
・小学館『スピリッツ』と『スぺリオール』両方で闇金漫画が大人気。
 『大門寺さくら子』の突然の連載終了と『ホムンクルス』再開の因果関係は?
・獄本野ばらと片山恭一と立て続けにベストセラーを刊行してきた小学館。
 満を持して文芸誌『きらら』を創刊。純文学市場に殴りこみか?
・『メフィスト賞』の仕掛け人・太田克史氏。新雑誌『ファウスト』も大当たり。
  映画テレビドラマのように文学作品もプロデューサー(編集者)で選ぶ時代? 

2004年06月13日 メモ トラックバック(0) コメント(2)

佐世保の事件と魍魎の匣

佐世保の事件が報道された頃、ちょうど京極夏彦の2作目『魍魎の匣』の終盤、12歳の少女2人の屈折した関係が暴露される辺りを読んでいたもので、驚きました。実はこの小説、冒頭で鉄道事故の場面があるのですが、そこを電車の中で読んでいたら本当に人身事故で電車が止ってしまうという偶然も起きていたもので、それもあっての印象でした。それでちょっと気になってこの作品に関する何らかのいわくでもないものかと調べてみたところ、作中に登場する相模湖の取材予定日に、作中同様にバラバラ死体が発見されてしまい、それで取材を取りやめたんだそうです。全て偶然の産物かもしれませんが、そうと言い切れる保証もなく、何だか薄ら寒さを感じてしまった次第です。しかしながらちょうどこういった共時性(シンクロニシティ)の問題解明についての話が今読んでいる3作目の『狂骨の夢』に出てくるようなので、どういう解釈がなされているのか楽しみにしているところです。

2004年06月10日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

漱石デビュー100周年、京極デビュー10周年

というわけで最近していなかった文学関連の話を久々にしてみようかと思います。

今年は漱石が『猫』を発表して100周年目に当たるそうです。暦の都合などで正確にいうとどうなのかわかりませんが、とりあえず1905年1月に第1回の連載が開始されたので大体当たっていますよね? 言文一致の文体を導入することによって幕が開けられた近代文学の黎明期は、誰あらぬ漱石の登場によって不動の地位を獲得したわけで、日本文学史における漱石の貢献度は言うまでもないことですが、何よりも新しかったのは、高尚さを保ちながらも娯楽的側面を兼ね備えたジャンル不明の流れを切り開いたところにこそあるといえましょう。もちろんそれ以前にも二葉亭四迷らの努力があったわけですが、『猫』に到ってその成果が結実したといえるのではないでしょうか。何より漱石の門下生には芥川がいますし、その芥川をこよなく愛読したのが太宰でしたから、漱石から連なるべストセラー作家の系譜は現在にまで脈々と受け継がれてきているのです。

それにも関わらずどういうわけか国語教科書からも千円札からも追いやられてしまうのは、もはや100年経てば古典だからということなのでしょうか。そういえば芥川賞の若手女流作家2人によるW受賞というは、もしかすると夭折の女流作家・樋口一葉が5千円札のモティーフとして人口に膾炙するという流れを汲んでのはなむけというような意味合いがあったりするのかもしれませんね。

同時に今年は京極夏彦のデビュー10周年にも当たります。そういう節目の年に直木賞を受賞できたのは、さぞ嬉しかったことでしょうね。それにしてもこの10年間、ずっと人気作家の地位をキープしてきたわけですから、本来「将来の人気作家候補」に授けられるというような意味合いを持ってきた直木賞を今更になって受賞したのは妙な話ともいえますが、後付でそれを認められたと考えればいいのでしょうか。

今年の前期は芥川賞ともどもセンセーショナルでしたから、もしかすると今後もそういう路線が考えられるのかもしれません。そうするとたとえば、芥川賞の登竜門とも言われる『文學界新人賞』出身者でありながら賞とは無縁の不遇の日々を長く過ごした末にベストセラーを生み出した片山恭一あたりが今度はノミネートされるかもしれません。ちなみに僕はアメリカのSF作品そのまんまの題名といういわくつきということへの拒否反応もあって今のところ読んでないのですが、何にせよ売れるモノを作れるのはいいことです。文化だ芸術だと声高に叫ぶだけで腹は膨れませんし、それだけ大勢の関係者を養っているということですから、無下には批判できません。

ちなみにその題名の元ネタはアメリカSF界の2大文学賞ヒューゴー賞・ネビュラ賞両方を受賞しているSF作家ハーラン・エリスンの『世界の中心で愛を叫んだけもの』ですが、これは原題『The Beast That Shouted Love At the Heart of the World』の忠実な翻訳ですから、エリスンのセンスだったというわけです。訳者は映画『ブレ-ドランナー』の原作として名高いフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』も手がけている浅倉久志。これまた原題『Do Androids Dream of Electric Sheep』そのままということで原作者のセンスということになりますが、ジェイムズ・ティプトリーJr.の『たったひとつの冴えたやり方』の原題は『Starry Lift』ですから、浅倉氏のセンス自体が優れていたといえるでしょう(※日記公開後に「no1livesforever」さんよりご指摘がありましたので追記しておきます。作品集『Starry Rift』の収録作品『たったひとつの冴えたやり方』は原題「The Only Neat Things to Do」のほぼ直訳だそうです。ですから作品集のタイトルを収録作のタイトルに変えた点のみが浅倉氏のオリジナルということだったわけですね。ご指摘ありがとうございました)。

それにしても英語の原題のほぼ直訳の邦題が日本人の読者の琴線にも触れるというのは、どことなく不思議な現象のようにも思えます。従来なら日本人の感性に合うように意訳するのが翻訳の基本だったようにも思うのですが、生活の隅々にまで舶来文化の行き渡った現代の日本に住む日本人の感性はもはやグローバル化によってすっかり変質しているということなのかもしれません。

それはさておき、文学史上類を見ないほどの希代のベストセラー作家・村上春樹と文学の未来を変えたとまでいわれるポストモダンの旗手・高橋源一郎が芥川賞作家でないことがどうにも理解できないので、そこら辺も何とかしてもらえないものかと思っています。

あと、今まで知らなかったんですが京極夏彦って僕の出身高校の先輩だったんですね。ネットで調べ物をしていて、ついさっき偶然に知りました。そうすると出身高から直木賞作家が出たということで、地元では大騒ぎだったりしているのかもしれません。でもあまり知られていないかもしれないので、どうなのかは定かではないのですが。京極氏は僕の10歳上ですから、同じ先生に学んでいたりもしたのかもれません。帰省する折には郷里の友人にでも訊いてみたいと考えています。

10歳年上でデビュー10周年ということは、現在の僕と同じ年齢であの質実剛健博覧強記抱腹絶倒の名作『姑獲鳥の夏』を書き上げていたということですから、空っぽの我が身の体たらくを振り返ってみて情けないばかりです。ちなみに倶知安高校出身の有名人は他に漫画家のゆうきまさみ等もいますが、そんなに規模の大きな高校というわけでもないのに、すごいことだなあと思った次第です。まあ高校がすごかったところで僕自身がどうだというわけでもないですが、一流の人物と同じ環境に身を置けたという意味で誇らしさを多少なりとも感じてみた次第であります。

2004年06月05日 日記 トラックバック(0) コメント(7)

長崎の事件について

人権が守られるべきなのは加害者ではなく被害者ですから、被害者名も被害者の顔写真も報道されるべきではありません。被害者の人権を侵害しているマスコミが加害者の人権を擁護するような発言をしているのは笑止なことです。

加害者が愛読していたというバトロワは、憎み憎まれ殺し殺されることの悲しみの心情を描いた作品ではありませんか? そのためにリアルで痛みを感じさせる表現を用いたのです。いわば戦争批判小説ともいうべき代物です。ですからバトロワファン=残酷な人格障害者というわけではなく、作品のテーマを理解できず細部の残酷描写のみに感化されるというその時点ですでに人格障害は始まっているのでしょう。

それにバトロワはあくまでも想像の世界を描いたフィクションですが、むしろ現実社会において行われているノンフィクションの戦争報道、こちらのほうが現実に人を殺すことへの罪の意識をマヒさせている、そういう可能性を考えてみてもいいのではないでしょうか? 自らの自分勝手な正義を貫くために安易にイラク人を殺しまくるアメリカ。そのアメリカを支援する日本政府。そこで義務教育を受けている子供が、自らの自分勝手な正義を貫くために安易に人を殺す。全く自然な流れです。

バトロワの残酷描写には海外の戦争小説や国内外の事件などから引用されたと思しき部分が結構あるように思います。実際に人を殺したわけではないのですから、想像を膨らませて書くしかなかったのは当然のことです。そうはいってもバトロワの著者がサディスティックな性質の持ち主であっただろう点だけは否定できません。もともと新聞記者だったわけですし、その頃から猟奇事件の取材に好奇な視点を持って接していただろう可能性もあります。えてして報道関係者のなかには、そういう部分があるのかもしれません。しかしバトロワの著者は、それを良心的なテーマの中に閉じ込めて、フィクション造りに昇華させることができたという意味で、常識人だったわけです。

そもそも本や映画というものは、偶然に享受してしまうおそれのあるものではなく、読者や視聴者が能動的に動かなければ目には入らないものですから。それに対してテレビのニュースというものは、偶然に目に入ることが多いものです。ですから本や映画より以上の不特定多数への影響に配慮する必要があります。報道関係者が体を張って仕事をしているのが悪いことだとはいいませんが、たとえば「首を切る画像がネットで流された」なんて言い方をする必要はありませんし、被害者の傷が深さ10センチだったなんてことも報道する必要はないはずです。それこそ徒に市民の好奇心を刺激するサディスティックな行為だと思うのです。

2004年06月03日 日記 トラックバック(0) コメント(1)

キューティーハニー前夜祭

庵野監督目当てで行ってきました。庵野秀明・安野モヨコ夫妻のお惚気トークが楽しかったです。表現者同士の夫婦には憧れますね。

サトエリの演技にはさほど期待していなかったのですが、観てみたらなかなかカッ飛んでいて、よかったです。頭空っぽなOLハニー役もドスの効いたキューティーハニー役、どちらも大げさすぎるくらいの過剰な演技が逆にアニメ出身の庵野監督の演出にマッチしていると感じました。サトエリはかなりの読書家で、暇さえあれば文章を書いているそうです。どういうものを書くのか、興味あります。そういえば庵野監督の実写デビュー作『ラブ&ポップ』のヒロイン役を演じた三輪明日美は自ら映画のプロデュースなども手がけていますし、前作『式日』のヒロイン役を演じた藤谷文子は、原作を手がけています。庵野監督は、クリエイティブ志向の高い女優を起用する傾向にあるのかもしれません。

実は今年になってからケーブルテレビで『新世紀エヴァンゲリオン』が放映されていましたもので放映されなかった映画版もレンタルで観て今更になってようやっと全部観終えまして、今回のイベントで庵野監督作品の映画は全て観たということになります。

そこで全体的に感じたのは、どれもがいい作品ではあったものの、どうにもラストがぐだぐだになってしまう傾向にあるようだということです。ラストに到るまでの流れが素晴らしいだけに、どうしてもその辺りがひっかかるのですが、多分それは監督の作品を終わらせてしまうことに躊躇する姿勢があるのかもしれません。いわばそれはオタク気質と言い換えてもいいものでしょう。エヴァの主人公と同じ名前を持つ社会学者・宮台真司の言葉じゃありませんが、終わりなき日常を生きることからの逃避を目的として映像作品を作り続けてきたというような独白を『式日』の登場人物であるところの監督が言いますが、それこそまさに庵野監督自身が抱えてきた心の葛藤を如実に表したものだと考えれば、いつまでも可能な限り自分の生み出した創作世界と戯れながら生きていくことこそが創作者の精神を安定させるものであり、それを自らの手によって終わらせなければならないことは断腸の思いということなのかもしれません。

他にも色々と書きたいことはあるので、そのうちまた追加します。

2004年05月29日 日記 トラックバック(0) コメント(1)

『華氏911』

マイケル・ムーア監督の『華氏911』が気になります。9・11同時多発テロ事件の黒幕がジョージ・ブッシュだという噂は以前よりありましたが、この映画ではかなりその説の裏づけに繋がる事実が明かされているそうです。世界的大問題にまで発展した地球規模の事件ということを考えれば、これは単なるゴシップということでは済まされない問題です。

ちなみに『華氏451』といえばSF小説の大御所レイ・ブラッドベリのベストセラー小説で、フランソワ・トリュフォー監督によって映画化されたことでも有名ですが、「思想統制と言論弾圧の恐怖」がテーマだったはずです。読書は罪とされ全ての本は「焚書官」によって華氏451度の炎で焼かれ、市民は下らないテレビ番組しか見ることを許されないという未来の話です。下らないテレビ番組、なんて書くとよくないかもしれませんが、いかに活字離れした視聴者が多かろうとも曲がりなりにも作家たる放送作家あってこそのテレビ番組ですから、読書を禁じられた世界で作られるプログラムが下らないものばかりになるだろうことは目に見えています。

今ではテレビも映画も本も既成だらけですから、唯一自由といえるのはインターネットだけとも言えるかもしれませんが、それも危うい傾向になりつつあります。そういえばこのインターネット自体が元々はペンタゴンのミル・ネットに由来するものだったことを考えてみると、電脳空間をアジトとしていると言われているタリバンとブッシュの間に繋がりがあっても、決して不自然ではないのかもしれません。

この『華氏911』はディズニーが配給を降りたことでも話題になっていますが、ここ最近のディズニーは他にも何かとすったもんだがあったそうです。セル画をやめてCG一本にするということでセル画アーティストをリストラする一方で、自社でCG制作を手がけるからと『ファインディング・ニモ』のCG制作に貢献したCG製作会社との契約更新を一方的に取りやめてしまったりしたという話です。ビジネス的戦略ということでやむをえないという言い方もできますが、現在のディズニーの社長は実写映画の失敗で大損失を出しているとのことですから、手放しで応援できる人ともいえないんだそうです。ちなみにこのディズニー裏話は、『SPA!』か『アスキー』の最新号に書かれていたゴシップ記事からの引用です。色々と書きましたけれどもディズニー映画で好きなものもたくさんあります。たとえばCG技術の全くなかった時代に制作された映画『トロン』の擬似CG映像には、子供心にも大変興奮しました。今見てもレトロフューチャリズム溢れるサイケな傑作といえましょう。これからもそういう作品を作っていってほしいものです。

ところで以前から気になっていたんですがディズニーとドリームワークスはライバル関係にあるともいえる間柄のようですが、ディズニー製作の『スーパーマリオ』とドリームワークス製作の『メン・イン・ブラック?』ってストーリーがそっくりじゃなかったでしょうか? あれはどうしてなんでしょう? 記憶違いかもしれませんので、またあとで調べてみようと思います。

2004年05月23日 日記 トラックバック(0) コメント(3)

珍夢の話

掲示板およびメールへのレスが遅れてしまって申し訳ありません。
今日明日中には何とかしようという所存でありますが、
とりあえず、ついさっき見た夢の話でも書いてみることにします。

昨日は連休明けの仕事始め2日目で、休みボケなのかどうにも体調がすぐれず頭痛を抱えながらの一日だったということもあって、22時ちょっと前に帰宅後、ご飯を食べてから23時半頃には寝てしまいました。いつもなら寝る前に風呂に入るのですが、その気力がなかったもので整髪料を付けたまま寝てしまい、寝ている間に頭が痒くて掻き毟ったりしていたような記憶が有りますが、意外と眠りは深かったようで、4時半頃には目が醒めてしまい、風呂に入ってネットを見たりしていました。

さて、夢の話ですが、僕は日頃から、ぜんぜん意味不明の珍夢という感じのものをよく見るほうなのですが、今夜の夢もご多分に漏れず訳の判らない内容でした。

夢の中の僕は、何らかの事情があって知り合いの家に居候しているらしく、その家は診療所を営んでいるもので、僕は診察室の片隅で生活しているのです。その家には診察室と待合室の他には台所があるだけで、そもそも僕が寝泊りするには狭すぎるもので、そういうことになってしまったようです。もともとの居住者は他に家があるのでしょうけれど、やはり何らかの事情があって、僕を泊めるのは診療所の方にせざるを得なかったのでしょう。夜の間は診療もなく、僕は診察室のベッドで悠々と眠ることができるのですが、それでも急患などがあったりすると患者のためにベッドを明け渡すしかなく、毛布に包まりながら壁際の折りたたみ椅子に座って診察が終わるのを待ちます。待合室には何故か行ってはいけないようなのです。深夜の診察が終わり、医者らしき知り合いの年配の女性が「お腹空いたでしょ?」と言うなり台所で何やら夜食を作ってきてくれました。マグロとキュウリのヅケを串刺しにしたものです。それを食べながら女性と話をしていたのですが、彼女は何だか奇妙な宗教じみた新進小説家の世直し論とやらに嵌っているらしく、延々その話ばかりなので、辟易してしまいました。2時間ほど話に付き合って、ようやく彼女が診療所を出て行ったので、僕は再び診察ベッドに戻り眠ることができました。翌朝、診療所の外からけたたましい拡声器を使った声に起こされたので、その声に耳を傾けながら窓の外を見やると、選挙カーの前に立った白いスーツを着た候補者らしき若い男性が演説をしているようです。両脇にはピンク色のスーツを着たうぐいす嬢らしき数人の若い女性がいて、周りには聴衆もかなり集まっています。「私は皆さんもご存知だろうと思われますが、小説家として一応はそれなりの成功を収めた男ではありますが、この度、かねてより密かに憧れていた政治の道に飛び込むことを決意いたしました。つきましては、その決意の程をふんだんにつぎ込んだテーマソングを聴いて頂きたく存じます。ミュージック、スタート!」選挙カーのスピーカーからBGMが流れ、男は歌い始めました。うぐいす嬢たちはコーラスをしています。窓の内からその様を眺めながら僕は、「どうして小説家が選挙に出馬するからといって歌を唄う必要があるのだろう?」と不審に思いつつ、聴衆の中にテレビの取材班らしき人々がいて、レポーターが中継しているということに気がつき、診察室内のテレビを付けてみたところ、ちょうどニュースでも報道されているところでした。中継が終わるとコメンテーターの男性が口を開きました。「これはオウム真理教のパクリですね」キャスターがそれに答えました。「全くその通りです。だから小説家という人種は鼻持ちなりません」するとコメンテーターは鬼のような形相になり、「あんなヤツが小説家だと公言するのは、私は認めませんよ!」と憤慨を顕わにしたのでキャスターは慌てて「いえ、先生のような人であれば構わないのですが、一般的な話をしたまでで」と弁解しました。僕はそれをぼんやりと聴きながら、「どうしてこう、人間の世の中はくだらないんだ」と呟いてから、冷蔵庫の上に置いてあった夜食の残りを手に取りましたが、酸っぱい匂いがするので口に運ぶのは諦めて、「はあ」と大きなため息をひとつ吐き、ベッドに戻り二度寝に落ちて行きました。そこで目が醒めたというわけです。

わざわざ日記に書くような内容でもなかったですね。とはいえ変な時間に目が醒めて暇だったのと、せっかく細部まで覚えていたのだからということで、書いてみた次第です。

ところで、この前の日記に書いていた「劇団四季」の元シンガーの女性ですが、来週の『誰でもピカソ』のゲストだそうです。昨日は十一代目を襲名した市川海老蔵が出ていて、彼も気になる存在だったもので、良かったです。観たのが途中からだったのが残念です。

あと、ここの日記って、色々な機能が用意されているらしく、「入力ルール」なる頁があるんですね。とりあえず今のところは何も使わずに書いていますが、今後は折を見て使っていこうかと考えています。

2004年05月07日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

最初の更新

さてそんなわけで、ここはいわゆる最近ハヤりのブログとかいうシステムの日記らしいので、色々と書いてみます。ブログっていうのは、自分の書いたキーワードに自動リンクを張ってくれたり、それがまた自動的に更新されたり、同じような話題が出ている他の方のサイトを見つけやすかったり、日記にレスが出来たりするものだそうです。まあ、ブログなわけですからわざわざ説明しないでも判らなければ「ブログ」という言葉のリンク先を見ればいいのかもしれませんが、雑誌などの説明を見ても僕にはよく理解できなかったもので、自分なりに判りやすい書き方をしてみた次第です。実はこのブログという用語を知る以前からこの手の日記サイトは気になってはいたんですが、手動でリンクを張りまくっているんだと思っていたんです。実際、僕自身もそういう風にして面倒な作業を繰り返してきましたから。そんなわけで、このシステムは実に便利なものだと実感することがやっとできてよかったです。

ちなみに、この「はてなダイアリー」を選んだ理由は、もともと「はてなアンテナ」に僕のサイト「工藤伸一に関する諸問題」(ここにも自動リンクが張られるのでしょうか?)が「和光大学つながり」というページに入れられていて、それを知ったことから「はてな」を知り、その後、「週刊アスキー」を読んでいて「はてな」が国から表彰されたという話も知って好感を覚えていたところ、先週の「SPA!」の特集記事で日本で一番の人気を誇るブログサービス提供サイトが「はてなダイアリー」だと知って、さて使ってみようということになったわけです。あれ? でもそれだとここを借りたのが3ヶ月前なので、計算が合いませんけれども、面倒なのではしょります。

それでまあ、書くこといってもテレビや本の話ぐらいしかないんですけど、書いてみることに致しますです。

さて、ゴールデンウィークに入りましたが、とりあえず家でぐだぐだしているという感じです。あさってからちょっと遠出するつもりですが、それまで体力を温存しているといった按配です。

何気なくテレビを付けたら『ミュージックフェア21』がやっていて、劇団四季メンバーが勢ぞろいしていたんですが、その中のお一人の女性、どこかで見た事がある顔だなと思ったら、数年前に浜崎あゆみみたいな感じのシンガーとして売り出されていた人でした。レコード会社との考え方の違いが原因で新譜を出さなくなり、もともとやりたかったミュージカルの道に進んだということらしいのですが、好きでもない流行の路線で売れる道を捨てて、好きな道での成功を手に入れるという生き方はいいなと思いました。

あと、深夜に見た特番で、テレビ朝日のアナウンサー勢ぞろいの朗読イベント『voice』というものが6月にあることを知りました。番組内では「恐竜の架空実況中継」という作品をやっていたんですが、僕にはいまいち面白さが判りかねました。その手のものなら、恐竜映画を観ていれば結構ありますからね。どうせならテレビ朝日のアナウンサーだからこそ出来るものということで、「朝まで生テレビ」の実況中継とかをやってくれたらいいのにと思いました。ちなみに数年前、フジテレビの似たようなイベントを友人に誘われて観に行ったことがあるんですが、内容はよく覚えていません。

『アルプスの少女ハイジ・総集編』を観ました。よくある『懐かしのアニメ特番』では「クララが立った」シーンばかり出てきますが、一番泣けたのは、ハイジがクララと生活を共にするためにと都会・フランクフルトに連れて行かれ、ホームシックの余りに気が変になっていくところです。医者の診断によってようやく山に帰ったものの、しばらくの間は後遺症が残り、ヒステリー症状を起こしてしまたりするのです。ハイジがそんなにシビアな話だったとは、今まで知りませんでした。

あと、OVA版『うる星やつら』もちょこっと観ました。今年に入ってから、『新世紀エヴァンゲリオン』をやっとこさ映画版も含めて全篇観たり、『マンハッタンラブストーリー』を全話観たりしていていました。気にはなっていたものの、ちゃんと観ていなかったものを観られると、満足感がありますね。

ところで最近、「集団ストーカー」なる言葉があるそうです。リンク先の説明を読んでみると、その怖さが判ります。主に企業や宗教団体が行うということで、被害者の方が悪者扱いされてしまうケースもあったりするという、怖い話です。

それにしてもブログって、少しコツが必要みたいですね。キーワードの途中に中黒(・)を入れたり、単語同士の間に句点を入れていなかったりすると、うまくリンクが張られないわけです。たとえばここまでの文章だと、「マンハッタンラブストーリー」なら正確にリンクが張られますが、「マンハッタン・ラブ・ストーリー」だと妙な具合になってしまいます。句点のケースでは、「気になっていたものの、ちゃんと観ていなかった」だとリンクは生成されませんが、句点を省き、「気になっていたもののちゃんと観ていなかった」にすると、「ののちゃん」というキーワードに反応されてしまうわけです。こういう部分は勉強しないといけないようです。

2004年05月02日 日記 トラックバック(0) コメント(2)

メモ

とりあえず場所をお借りしました。

2004年02月04日 日記 トラックバック(0) コメント(2)

読書の件~読めば読むほど莫迦になる~

【第1稿】 2003/02/23 【最終更新日】 2003/03/24

     1

 私は《勘違い》してゐたのだ。読めば読むほど物識りになれるだなんて発想自体がそもそも物をよく識らぬが故の浅はかなる妄想に過ぎなかつたのだ。多読に人生を費やしてきた者ならば誰しも其は思い知つてきた事に違ひない。
 確かに読むことに拠つて一時的に知識が増えたやうに感じるのは間違ひではないが、其は只単に《識つてゐる事を識つてゐるやうに読んで》ゐるからそう感じるだけの事で実は《識らない事を識らないように読んで》ゐると読めば読むほどに識らない事も知ってゐる事と比例して増加の一途を辿る運命に在るのだつた。

     2

《「世界」の裏側を知れば識るほどに、「世界」は【遠ざかつて】ゆく》
 
     3

 其結果吾々は【博識な白痴】と化す。

     4

 私は一応、新人小説家として文芸誌を賑わせてゐる。そのうえフヲシヲンリヰダとして雑誌グラビヤでセミヌウドになることもあるいけ好かないナアドなモボだ。先ごろ芥川賞候補にはどうにか成つたものの残念ながら受賞には至らなかつた。人を食つたやうな筆名が禍してゐるやも知れない。「茶川龍之介」といふのだ。しかし本名なのだから仕様がない。パチモンみたいで恥ずかしい事このうえない名前だが、なにしろ本名で小説家としてデビウしろといふのが父唯一の遺言だつたのだ。他には何一つ書かれてゐなかつた。父の文學道楽は異常であつた。自身も作家を志していたものの才能に恵まれず、ハンバガシヲプ経営をしてゐた祖父の会社を潰してまでも私の文学修行に人生を費やしてきたのだ。最期は59万とんで1冊の蔵書に潰されての圧死だつた。致命傷となつた後頭部の打撲は中島敦の『文字禍』が収録された短篇集だつたといふから不思議なものだ。

     5

 W村上のやうに《格好善さ気なもの》を書くのは青年期特有の【見栄】を引き摺つているからだらう。しかし古典や前衛といった市井の生活から乖離した場所に位置する孤高の世界観を持った書物ばかりを慈しんできた私のスタンスはいわばシナモン・ドナツの「穴」の部分を最もよく好んで食べる甘党仙人のやうなものだ。色恋沙汰や馴れ合い団欒といつたものの無意味さや性欲の崇高性を善く識る私にはその手の日常は詰らないのだ。ニイチェ的な憤りやヰトゲンシュタイン的な感傷には既に辟易し尽くしてきた。そんなものはまさしく過去の遺物に過ぎないのだ。

     6

 【世界の真実】を識つてしまつた弊害は残酷な容で私の精神を蝕みつつあつた。体面を保つ事の無意味さを嫌ふが余に隠してゐればよいやうなスキヤンダラスで卑俗な部分ばかりを晒してしまふのだ。これではレイプ願望とスピイド違反の話しかしない田舎の元ヤンと同じだ。何の為に勉学に励んできたといふのか。ちよつとでも気を抜けば莫迦な自分語が貌を出してくる。これまでに身に付けてきた修辞力も語彙力も元も子もない。何だかまるでダニエル・キイスの『Flowers for Algernon』の主人公チアリ・ゴドンのやうだが、彼はかの小説に特殊な存在として描かれていたのだ。丁度コリン・ヰルスンがドストヱフスキヰ等をカテゴライズしたアウトサイダーの如くに。だが実のところ私もチアリ・ゴドンも変わらない。識る事が増えれば増えるほどに識らない事も増え続け私達は莫迦に近づいてゆく。かといつて識る事を辞めるならそれもまた単なる莫迦なのだ。結局どっちに転んでも結果は同じなのだ。

     7

 人生に悲観した私は其れでもどうにか識つてゐる率が少しは勝つてゐる今のうちに蹴りをつけて有終の美を飾ろうと思ふ。名探偵が迷宮入りしてきた事件を見事に解決してみせてきたやうに《「小説家」は迷宮入りしてきた【小説の解決策】を提示してみせる》べきなのだ。茶川龍之介。この名に産まれた【宿命】だらうか。私もまた先人の晩年に倣ひて「漠然とした不安」を感じつつかのやうにして《小説家の儘》人生を終へやうと思ふのだ。「グッドバイ」これで全て終わりだ。《【小説家】は死んだ。》

     8

 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 カーナビ!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
 チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
カーナビ!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
チンポ×マンコ=セックス!
カーナビ!

     9

カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナベ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ!ナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナベ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナベ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナベ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ!カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナベ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナべ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナベ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナベ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ! カーナビ!

10

先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒生と死と先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒生と死徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒生と死と先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒生と死と先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒生と死と先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒

11

私は《勘違い》してゐたのだ。読めば読むほど物識りになれるだなんて発想自体がそもそも物をよく識らぬが故の浅はかなる妄想に過ぎなかつたのだ。多読に人生を費やしてきた者ならば誰しも其は思い知っチンポ×マンコ=セックス!
てきた事に違ひない。確かに読むことに拠つて一時的に知識が増えたやうに感じるのは間チンポ×マンコ=セックス!
違ひではないナビ! カーナビ! カーナビが、其は只単に《識つてゐる事を識つてゐるやうに読んで》ゐるからそう感じるだけの事で実は《識らない事を識らないように読んで》ゐると読めば読むほどに識らない事も知ってゐる事と比例して増加の一途を辿る運命に在るのだつた。《「世界」の裏側を知れば識るほどに、先生と生徒チンポ×マンコ=セックス!
先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とナビ! カーナビ! カーナビ生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先「世界」は【遠ざかつて】ゆく》其結果吾々は【博識な白痴】と化す。私は一応、新人小説家として文芸誌を賑わせてゐる。そのうえフヲシヲンリヰダとして雑誌グラビヤでセミヌウドになることもあるいけ好かないナアドなモボだ。先ごろ芥川賞候補にはどうにか成つたものの残念な先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先チンポ×マンコ=セックス!
生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先がら受賞には至らなかつた。人を食つたやうな筆名が禍しナビ! カーナビ! カーナビてゐるやも知れない。「茶川龍之介」といふのだ。しかし本名なのだから仕様がない。パチモンみたいで恥ずかしい事このうえない名前だが、なにしろ本名で小説家としてデビウしろといふのが父唯一の遺言だつたのだ。他に先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒ナビ! カーナビ! カーナビ先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先は何一つ書かれてゐなかつた。父の文學道楽は異常であつた。自身も作家を志していたものの才能に恵まれず、ハンバガシヲプ経営をしてゐた祖父の会社を潰してまでも私の文学修行に人生を費やしてきたのだ。最期は59万とんで1冊の蔵書に潰されての圧死だつた。致命傷となつた後頭部の打撲は中島敦の『文字禍』が収録された短篇集だつナビ! カーナビ! カーナビたといふから不思議なものだ。W村上のやうに《格好善さ気なもの》を書くのは青年期特有の【見栄】を引き摺つているからだろう。しかし古典や前衛といった市井の生活から乖離した場所に位置する孤高の世界観を持った書物ばかりを慈しんできた私のスタンスはいわばシナモンドーナツの「先生と生徒先生と生ナビ! カーナビ! カーナビ徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先穴」の部分を最もよく好んで食べる甘党仙人のやうなものだ。色恋沙汰や馴れ合い団欒といつたものの無意味さや性欲の崇高性を善く識る私にはその手の日常は詰らないのだ。ニイチェ的な憤りナビ! カーナビ! カーナビやヰトゲンシュタイン的ナビ! カーナビ! カーナビな鑑賞には既に辟易し尽くしてきた。そんなものはまさしく過去の遺物に過ぎないのだ。【世界の真実】を識つてしまつた弊害は残酷な容で私の精神を蝕みつつあつた。体面を保つ事の無意味さを嫌ふが余に隠してゐればよいやうなスキヤンダラスで卑俗な部分ばかりを晒してしまふのだ。こナビ! カーナビ! カーナビれではレイプ願望とスピイド違反のチンポ×マンコ=セックス!
話しかしない田舎の元ヤンと同じだ。何の為に勉学に励んできたといふのか。ちよつとでも気を抜けば莫迦な自分語が貌を出してくる。これまでに身に付けてきた修辞力も語彙力も元も子もない。何だかまるでダニエル・キイスの『Flowers for Arjarnon』の主人公チャアリイ・ゴオドンのやうだが、彼はかの小説に特殊な存在として描かれていたのだ。丁度コリン・ヰルソンがドストヱフスキヰ等をカテゴライズしたアウトサイダーの如くに。だが実のところ私もチャアリイ・ゴオドンも変わらない。識る事が増えれば増えるほどに識らない事も増え続け私達は莫迦に近づいてゆく。かといつて識る事を辞めるならそれ先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先もまた単なる莫迦なのだ。結局どっちに転んでも結果は同じなのだ。人生に悲観した私は其れでもどうにか識つてゐる率が少しは勝つてゐる今のうちに蹴りをつけて有終の美を飾ろうと思ふ。名探偵が迷宮入りしてきた事件を見事に解決してみせてきたやうに《「小説家」は迷宮入りしてきた【小説の解決策】チンポ×マンコ=セックス!
を提示してみせる》べきなのだ。茶川龍之介。この名に産まれた【宿命】だらうか。私もまた先人の晩年に倣ひて「漠然とした不安」を感じつつかのやうにして《小説家の儘》人生を終へやうと思ふのだ。「グッドバイ」私は《勘違い》してゐたのだ。読めば読むほど物識りになれるだなんて発想自体がそもそも物をよく識らぬが故の浅はかなる妄想に過ぎなかつたのだ。多読に人生を費やしてきた者ならば誰しも其は思い知っチンポ×マンコ=セックス!
てきた事に違ひない。確かに読むことに拠つて一時的に知識が増えたやうに感じるのは間チンポ×マンコ=セックス!
違ひではないナビ! カーナビ! カーナビが、其は只単に《識つてゐる事を識つてゐるやうに読んで》ゐるからそう感じるだけの事で実は《識らない事を識らないように読んで》ゐると読めば読むほどに識らない事も知ってゐる事と比例して増加の一途を辿る運命に在るのだつた。《「世界」の裏側を知れば識るほどに、先生と生徒チンポ×マンコ=セックス!
先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とナビ! カーナビ! カーナビ生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先「世界」は【遠ざかつて】ゆく》其結果吾々は【博識な白痴】と化す。私は一応、新人小説家として文芸誌を賑わせてゐる。そのうえフヲシヲンリヰダとして雑誌グラビヤでセミヌウドになることもあるいけ好かないナアドなモボだ。先ごろ芥川賞候補にはどうにか成つたものの残念な先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先チンポ×マンコ=セックス!
生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先がら受賞には至らなかつた。人を食つたやうな筆名が禍しナビ! カーナビ! カーナビてゐるやも知れない。「茶川龍之介」といふのだ。しかし本名なのだから仕様がない。パチモンみたいで恥ずかしい事このうえない名前だが、なにしろ本名で小説家としてデビウしろといふのが父唯一の遺言だつたのだ。他に先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒ナビ! カーナビ! カーナビ先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とナビ! カーナビ! カーナビ生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先「世界」は【遠ざかつて】ゆく》其結果吾々は【博識な白痴】と化す。私は一応、新人小説家として文芸誌を賑わせてゐる。そのうえフヲシヲンリヰダとして雑誌グラビヤでセミヌウドになることもあるいけ好かないナアドなモボだ。先ごろ芥川賞候補にはどうにか成つたものの残念な先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先チンポ×マンコ=セックス!
生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先がら受賞には至らなかつた。人を食つたやうな筆名が禍しナビ! カーナビ! カーナビてゐるやも知れない。「茶川龍之介」徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先は何一つ書かれてゐなかつた。父の文學道楽は異常であつた。自身も作家を志していたものの才能に恵まれず、ハンバガシヲプ経営をしてゐた祖父の会社を潰してまでも私の文学修行に人生を費やしてきたのだ。最期は59万とんで1冊の蔵書に潰されての圧死だつた。致命傷となつた後頭部の打撲は中島敦の『文字禍』が収録された短篇集だつナビ! カーナビ! カーナビたといふから不思議なものだ。W村上のやうに《格好善さ気なもの》を書くのは青年期特有の【見栄】を引き摺つているからだろう。しかし古典や前衛といった市井の生活から乖離した場所に位置する孤高の世界観を持った書物ばかりを慈しんできた私のスタンスはいわばシナモンドーナツの「先生と生徒先生と生ナビ! カーナビ! カーナビ徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先穴」の部分を最もよく好んで食べる甘党仙人のやうなものだ。色恋沙汰や馴れ合い団欒といつたものの無意味さや性欲の崇高性を善く識る私にはその手の日常は詰らないのだ。ニイチェ的な憤りナビ! カーナビ! カーナビやヰトゲンシュタイン的ナビ! カーナビ! カー界観を持った書物ばかりを慈しんできた私のスタンスはいわばシナモンドーナツの「先生と生徒先生と生ナビ! カーナビ! カーナビ徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先穴」の部分を最もよく好んで食べる甘党仙人のやうなものだ。色恋沙汰や馴れ合い団欒といつたものの無意味さや性欲の崇高性を善く識る私にナビな鑑賞には既に辟易し尽くしてきた。そんなものはまさしく過去の遺物に過ぎないのだ。【世界の真実】を識つてしまつた弊害は残酷な容で私の精神を蝕みつつあつた。体面を保つ事の無意味さを嫌ふが余に隠してゐればよいやうなスキヤンダラスで卑俗な部分ばかりを晒してしまふのだ。こナビ! カーナビ! カーナビれではレイプ願望とスピイド違反のチンポ×マンコ=セックス!
私は《勘違い》してゐたのだ。読めば読むほど物識りになれるだなんて発想自体がそもそも物をよく識らぬが故の浅はかなる妄想に過ぎなかつたのだ。多読に人生を費やしてきた者ならば誰しも其は思い知っチンポ×マンコ=セックス!
てきた事に違ひない。確かに読むことに拠つて一時的に知識が増えたやうに感じるのは間チンポ×マンコ=セック界観を持った書物ばかりを慈しんできた私のスタンスはいわばシナモンドーナツの「先生と生徒先生と生ナビ! カーナビ! カーナビ徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先穴」の部分を最もよく好んで食べる甘党仙人のやうなものだ。色恋沙汰や馴れ合い団欒といつたものの無意味さや性欲の崇高性を善く識る私にス!
違ひではないナビ! カーナビ! カーナビが、其は只単に《識つてゐる事を識つてゐるやうに読んで》ゐるからそう感じるだけの事で実は《識らない事を識らないように読んで》ゐると読めば読むほどに識らない事も知ってゐる事と比例して増加の一途を辿る運命に在るのだつた。《「世界」の裏側を知れば識るほどに、先生と生徒チンポ×マンコ=セックス!
先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先がら受賞には至らなかつた。人を食つたやうな筆名が禍しナビ! カーナビ! カーナビてゐるやも知れない。「茶川龍之介」といふのだ。しかし本名なのだから仕様がない。パチモンみたいで恥ずかしい事このうえない名前だが、なにしろ本名で小説家としてデビウしろといふのが父唯一の遺言だつたのだ。他に先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒ナビ! カーナビ! カーナビ先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先は何一つ書かれてゐなかつた。父の文學道楽は異常であつた。自身も作家を志していたものの才能に恵まれず、ハンバガシヲプ経営をしてゐた祖父の会社を潰してまでも私の文学修行に人生を費やしてきたのだ。最期は59万とんで1冊の蔵書に潰されての圧死だつた。致命傷となつた後頭部の打撲は中島敦の『文字禍』が収録された短篇集だつナビ! カーナビ! カーナビたといふから不思議なものだ。W村上のやうに《格好善さ気なもの》を書くのは青年期特有の【見栄】を引き摺つているからだろう。しかし古典や前衛といった市井の生活から乖離した場所に位置する孤高の世界観を持った書物ばかりを慈しんできた私のスタンスはいわばシナモンドーナツの「先生と生徒先生と生ナビ! カーナビ! カーナビ徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先穴」の部分を最もよく好んで食べる甘党仙人のやうなものだ。色恋沙汰や馴れ合い団欒といつたものの無意味さや性欲の崇高性を善く識る私にはその手の日常は詰らないのだ。ニイチェ的な憤りナビ! カーナビ! カーナビやヰトゲンシュタイン的ナビ! カーナビ! カーナビな鑑賞には既に辟易し尽くしてきた。そんなものはまさしく過去の遺物に過ぎないのだ。【世界の真実】を識つてしまつた弊害は残酷な容で私の精神を蝕みつつあつた。体面を保つ事の無意味さを嫌ふが余に隠してゐればよいやうなスキヤンダラスで卑俗な部分ばかりを晒してしまふのだ。こナビ! カーナビ! カーナビれではレイプ願望とスピイド違反のチンポ×マンコ=セックス!
私は《勘違い》してゐたのだ。読めば読むほど物識りになれるだなんて発想自体がそもそも物をよく識らぬが故の浅はかなる妄想に過ぎなかつたのだ。多読に人生を費やしてきた者ならば誰しも其は思い知っチンポ×マンコ=セックス!
てきた事に違ひない。確かに読むことに拠つて一時的に知識が増えたやうに感じるのは間チンポ×マンコ=セックス!
違ひではないナビ! カーナビ! カーナビが、其は只単に《識つてゐる事を識つてゐるやうに読んで》ゐるからそう感じるだけの事で実は《識らない事を識らないように読んで》ゐると読めば読むほどに識らない事も知ってゐる事と比例して増加の一途を辿る運命に在るのだつた。《「世界」の裏側を知れば識るほどに、先生と生徒チンポ×マンコ=セックス!
先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とナビ! カーナビ! カーナビ生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先「世界」は【遠ざかつて】ゆく》其結果吾々は【博識な白痴】と化す。私は一応、新人小説家として文芸誌を賑わせてゐる。そのうえフヲシヲンリヰダとして雑誌グラビヤでセミヌウドになることもあるいけ好かないナアドなモボだ。先ごろ芥川賞候補にはどうにか成つたものの残念な先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先チンポ×マンコ=セックス!
生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先がら受賞には至らなかつた。人を食つたやうな筆名が禍しナビ! カーナビ! カーナビてゐるやも知れない。「茶川龍之介」といふのだ。しかし本名なのだから仕様がない。パチモンみたいで恥ずかしい事このうえない名前だが、なにしろ本名で小説家としてデビウしろといふのが父唯一の遺言だつたのだ。他に先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒ナビ! カーナビ! カーナビ先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先は何一つ書かれてゐなかつた。父の文學道楽は異常であつた。自身も作家を志していたものの才能に恵まれず、ハンバガシヲプ経営をしてゐた祖父の会社を潰してまでも私の文学修行に人生を費やしてきたのだ。最期は59万とんで1冊の蔵書に潰されての圧死だつた。致命傷となつた後頭部の打撲は中島敦の『文字禍』が収録された短篇集だつナビ! カーナビ! カーナビたといふから不思議なものだ。W村上のやうに《格好善さ気なもの》を書くのは青年期特有の【見栄】を引き摺つているからだろう。しかし古典や前衛といった市井の生活から乖離した場所に位置する孤高の世界観を持った書物ばかりを慈しんできた私のスタンスはいわばシナモンドーナツの「先生と生徒先生と生ナビ! カーナビ! カーナビ徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先穴」の部分を最もよく好んで食べる甘党仙人のやうなものだ。色恋沙汰や馴れ合い団欒といつたものの無意味さや性欲の崇高性を善く識る私にはその手の日常は詰らないのだ。ニイチェ的な憤りナビ! カーナビ! カーナビやヰトゲンシュタイン的ナビ! カーナビ! カーナビな鑑賞には既に辟易し尽くしてきた。そんなものはまさしく過去の遺物に過ぎないのだ。【世界の真実】を識つてしまつた弊害は残酷な容で私の精神を蝕みつつあつた。体面を保つ事の無意味さを嫌ふが余に隠してゐればよいやうなスキヤンダラスで卑俗な部分ばかりを晒してしまふのだ。こナビ! カーナビ! カーナビれではレイプ願望とスピイド違反のチンポ×マンコ=セックス!
私は《勘違い》してゐたのだ。読めば読むほど物識りになれるだなんて発想自体がそもそも物をよく識らぬが故の浅はかなる妄想に過ぎなかつたのだ。多読に人生を費やしてきた者ならば誰しも其は思い知っチンポ×マンコ=セックス!
てきた事に違ひない。確かに読むことに拠つて一時的に知識が増えたやうに感じるのは間チンポ×マンコ=セックス!
違ひではないナビ! カーナビ! カーナビが、其は只単に《識つてゐる事を識つてゐるやうに読んで》ゐるからそう感じるだけの事で実は《識らない事を識らないように読んで》ゐると読めば読むほどに識らない事も知ってゐる事と比例して増加の一途を辿る運命に在るのだつた。《「世界」の裏側を知れば識るほどに、先生と生徒チンポ×マンコ=セックス!
先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とナビ! カーナビ! カーナビ生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先「世界」は【遠ざかつて】ゆく》其結果吾々は【博識な白痴】と化す。私は一応、新人小説家として文芸誌を賑わせてゐる。そのうえフヲシヲンリヰダとして雑誌グラビヤでセミヌウドになることもあるいけ好かないナアドなモボだ。先ごろ芥川賞候補にはどうにか成つたものの残念な先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先チンポ×マンコ=セックス!
生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先がら受賞には至らなかつた。人を食つたやうな筆名が禍しナビ! カーナビ! カーナビてゐるやも知れない。「茶川龍之介」といふのだ。しかし本名なのだから仕様がない。パチモンみたいで恥ずかしい事このうえない名前だが、なにしろ本名で小説家としてデビウしろといふのが父唯一の遺言だつたのだ。他に先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒ナビ! カーナビ! カーナビ先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先は何一つ書かれてゐなかつた。父の文學道楽は異常であつた。自身も作家を志していたものの才能に恵まれず、ハンバガシヲプ経営をしてゐた祖父の会社を潰してまでも私の文学修行に人生を費やしてきたのだ。最期は59万とんで1冊の蔵書に潰されての圧死だつた。致命傷となつた後頭部の打撲は中島敦の『文字禍』が収録された短篇集だつナビ! カーナビ! カーナビたといふから不思議なものだ。W村上のやうに《格好善さ気なもの》を書くのは青年期特有の【見栄】を引き摺つているからだろう。しかし古典や前衛といった市井の生活から乖離した場所に位置する孤高の世界観を持った書物ばかりを慈しんできた私のスタンスはいわばシナモンドーナツの「先生と生徒先生と生ナビ! カーナビ! カーナビ徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先穴」の部分を最もよく好んで食べる甘党仙人のやうなものだ。色恋沙汰や馴れ合い団欒といつたものの無意味さや性欲の崇高性を善く識る私にはその手の日常は詰らないのだ。ニイチェ的な憤りナビ! カーナビ! カーナビやヰトゲンシュタイン的ナビ! カーナビ! カーナビな鑑賞には既に辟易し尽くしてきた。そんなものはまさしく過去の遺物に過ぎないのだ。【世界の真実】を識つてしまつた弊害は残酷な容で私の精神を蝕みつつあつた。体面を保つ事の無意味さを嫌ふが余に隠してゐればよいやうなスキヤンダラスで卑俗な部分ばかりを晒してしまふのだ。こナビ! カーナビ! カーナビれではレイプ願望とスピイド違反のチンポ×マンコ=セックス!
私は《勘違い》してゐたのだ。読めば読むほど物識りになれるだなんて発想自体がそもそも物をよく識らぬが故の浅はかなる妄想に過ぎなかつたのだ。多読に人生を費やしてきた者ならば誰しも其は思い知っチンポ×マンコ=セックス!
てきた事に違ひない。確かに読むことに拠つて一時的に知識が増えたやうに感じるのは間チンポ×マンコ=セックス!
違ひではないナビ! カーナビ! カーナビが、其は只単に《識つてゐる事を識つてゐるやうに読んで》ゐるからそう感じるだけの事で実は《識らない事を識らないように読んで》ゐると読めば読むほどに識らない事も知ってゐる事と比例して増加の一途を辿る運命に在るのだつた。《「世界」の裏側を知れば識るほどに、先生と生徒チンポ×マンコ=セックス!
先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とナビ! カーナビ! カーナビ生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先「世界」は【遠ざかつて】ゆく》其結果吾々は【博識な白痴】と化す。私は一応、新人小説家として文芸誌を賑わせてゐる。そのうえフヲシヲンリヰダとして雑誌グラビヤでセミヌウドになることもあるいけ好かないナアドなモボだ。先ごろ芥川賞候補にはどうにか成つたものの残念な先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先チンポ×マンコ=セックス!
生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先がら受賞には至らなかつた。人を食つたやうな筆名が禍しナビ! カーナビ! カーナビてゐるやも知れない。「茶川龍之介」といふのだ。しかし本名なのだから仕様がない。パチモンみたいで恥ずかしい事このうえない名前だが、なにしろ本名で小説家としてデビウしろといふのが父唯一の遺言だつたのだ。他に先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒ナビ! カーナビ! カーナビ先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先は何一つ書かれてゐなかつた。父の文學道楽は異常であつた。自身も作家を志していたものの才能に恵まれず、ハンバガシヲプ経営をしてゐた祖父の会社を潰してまでも私の文学修行に人生を費やしてきたのだ。最期は59万とんで1冊の蔵書に潰されての圧死だつた。致命傷となつた後頭部の打撲は中島敦の『文字禍』が収録された短篇集だつナビ! カーナビ! カーナビたといふから不思議なものだ。W村上のやうに《格好善さ気なもの》を書くのは青年期特有の【見栄】を引き摺つているからだろう。しかし古典や前衛といった市井の生活から乖離した場所に位置する孤高の世界観を持った書物ばかりを慈しんできた私のスタンスはいわばシナモンドーナツの「先生と生徒先生と生ナビ! カーナビ! カーナビ徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先穴」の部分を最もよく好んで食べる甘党仙人のやうなものだ。色恋沙汰や馴れ合い団欒といつたものの無意味さや性欲の崇高性を善く識る私にはその手の日常は詰らないのだ。ニイチェ的な憤りナビ! カーナビ! カーナビやヰトゲンシュタイン的ナビ! カーナビ! カーナビな鑑賞には既に辟易し尽くしてきた。そんなものはまさしく過去の遺物に過ぎないのだ。【世界の真実】を識つてしまつた弊害は残酷な容で私の精神を蝕みつつあつた。体面を保つ事の無意味さを嫌ふが余に隠してゐればよいやうなスキヤンダラスで卑俗な部分ばかりを晒してしまふのだ。こナビ! カーナビ! カーナビれではレイプ願望とスピイド違反のチンポ×マンコ=セックス!
私は《勘違い》してゐたのだ。読めば読むほど物識りになれるだなんて発想自体がそもそも物をよく識らぬが故の浅はかなる妄想に過ぎなかつたのだ。多読に人生を費やしてきた者ならば誰しも其は思い知っチンポ×マンコ=セックス!
てきた事に違ひない。確かに読むことに拠つて一時的に知識が増えたやうに感じるのは間チンポ×マンコ=セックス!
違ひではないナビ! カーナビ! カーナビが、其は只単に《識つてゐる事を識つてゐるやうに読んで》ゐるからそう感じるだけの事で実は《識らない事を識らないように読んで》ゐると読めば読むほどに識らない事も知ってゐる事と比例して増加の一途を辿る運命に在るのだつた。《「世界」の裏側を知れば識るほどに、先生と生徒チンポ×マンコ=セックス!
先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とナビ! カーナビ! カーナビ生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先「世界」は【遠ざかつて】ゆく》其結果吾々は【博識な白痴】と化す。私は一応、新人小説家として文芸誌を賑わせてゐる。そのうえフヲシヲンリヰダとして雑誌グラビヤでセミヌウドになることもあるいけ好かないナアドなモボだ。先ごろ芥川賞候補にはどうにか成つたものの残念な先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先チンポ×マンコ=セックス!
生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先がら受賞には至らなかつた。人を食つたやうな筆名が禍しナビ! カーナビ! カーナビてゐるやも知れない。「茶川龍之介」といふのだ。しかし本名なのだから仕様がない。パチモンみたいで恥ずかしい事このうえない名前だが、なにしろ本名で小説家としてデビウしろといふのが父唯一の遺言だつたのだ。他に先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒ナビ! カーナビ! カーナビ先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先は何一つ書かれてゐなかつた。父の文學道楽は異常であつた。自身も作家を志していたものの才能に恵まれず、ハンバガシヲプ経営をしてゐた祖父の会社を潰してまでも私の文学修行に人生を費やしてきたのだ。最期は59万とんで1冊の蔵書に潰されての圧死だつた。致命傷となつた後頭部の打撲は中島敦の『文字禍』が収録された短篇集だつナビ! カーナビ! カーナビたといふから不思議なものだ。W村上のやうに《格好善さ気なもの》を書くのは青年期特有の【見栄】を引き摺つているからだろう。しかし古典や前衛といった市井の生活から乖離した場所に位置する孤高の世界観を持った書物ばかりを慈しんできた私のスタンスはいわばシナモンドーナツの「先生と生徒先生と生ナビ! カーナビ! カーナビ徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先穴」の部分を最もよく好んで食べる甘党仙人のやうなものだ。色恋沙汰や馴れ合い団欒といつたものの無意味さや性欲の崇高性を善く識る私にはその手の日常は詰らないのだ。ニイチェ的な憤りナビ! カーナビ! カーナビやヰトゲンシュタイン的ナビ! カーナビ! カーナビな鑑賞には既に辟易し尽くしてきた。そんなものはまさしく過去の遺物に過ぎないのだ。【世界の真実】を識つてしまつた弊害は残酷な容で私の精神を蝕みつつあつた。体面を保つ事の無意味さを嫌ふが余に隠してゐればよいやうなスキヤンダラスで卑俗な部分ばかりを晒してしまふのだ。こナビ! カーナビ! カーナビれではレイプ願望とスピイド違反のチンポ×マンコ=セックス!
私は《勘違い》してゐたのだ。読めば読むほど物識りになれるだなんて発想自体がそもそも物をよく識らぬが故の浅はかなる妄想に過ぎなかつたのだ。多読に人生を費やしてきた者ならば誰しも其は思い知っチンポ×マンコ=セックス!
てきた事に違ひない。確かに読むことに拠つて一時的に知識が増えたやうに感じるのは間チンポ×マンコ=セックス!
違ひではないナビ! カーナビ! カーナビが、其は只単に《識つてゐる事を識つてゐるやうに読んで》ゐるからそう感じるだけの事で実は《識らない事を識らないように読んで》ゐると読めば読むほどに識らない事も知ってゐる事と比例して増加の一途を辿る運命に在るのだつた。《「世界」の裏側を知れば識るほどに、先生と生徒チンポ×マンコ=セックス!
先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とナビ! カーナビ! カーナビ生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先「世界」は【遠ざかつて】ゆく》其結果吾々は【博識な白痴】と化す。私は一応、新人小説家として文芸誌を賑わせてゐる。そのうえフヲシヲンリヰダとして雑誌グラビヤでセミヌウドになることもあるいけ好かないナアドなモボだ。先ごろ芥川賞候補にはどうにか成つたものの残念な先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先チンポ×マンコ=セックス!
生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先がら受賞には至らなかつた。人を食つたやうな筆名が禍しナビ! カーナビ! カーナビてゐるやも知れない。「茶川龍之介」といふのだ。しかし本名なのだから仕様がない。パチモンみたいで恥ずかしい事このうえない名前だが、なにしろ本名で小説家としてデビウしろといふのが父唯一の遺言だつたのだ。他に先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒ナビ! カーナビ! カーナビ先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先は何一つ書かれてゐなかつた。父の文學道楽は異常であつた。自身も作家を志していたものの才能に恵まれず、ハンバガシヲプ経営をしてゐた祖父の会社を潰してまでも私の文学修行に人生を費やしてきたのだ。最期は59万とんで1冊の蔵書に潰されての圧死だつた。致命傷となつた後頭部の打撲は中島敦の『文字禍』が収録された短篇集だつナビ! カーナビ! カーナビたといふから不思議なものだ。W村上のやうに《格好善さ気なもの》を書くのは青年期特有の【見栄】を引き摺つているからだろう。しかし古典や前衛といった市井の生活から乖離した場所に位置する孤高の世界観を持った書物ばかりを慈しんできた私のスタンスはいわばシナモンドーナツの「先生と生徒先生と生ナビ! カーナビ! カーナビ徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先穴」の部分を最もよく好んで食べる甘党仙人のやうなものだ。色恋沙汰や馴れ合い団欒といつたものの無意味さや性欲の崇高性を善く識る私にはその手の日常は詰らないのだ。ニイチェ的な憤りナビ! カーナビ! カーナビやヰトゲンシュタイン的ナビ! カーナビ! カーナビな鑑賞には既に辟易し尽くしてきた。そんなものはまさしく過去の遺物に過ぎないのだ。【世界の真実】を識つてしまつた弊害は残酷な容で私の精神を蝕みつつあつた。体面を保つ事の無意味さを嫌ふが余に隠してゐればよいやうなスキヤンダラスで卑俗な部分ばかりを晒してしまふのだ。こナビ! カーナビ! カーナビれではレイプ願望とスピイド違反のチンポ×マンコ=セックス!
私は《勘違い》してゐたのだ。読めば読むほど物識りになれるだなんて発想自体がそもそも物をよく識らぬが故の浅はかなる妄想に過ぎなかつたのだ。多読に人生を費やしてきた者ならば誰しも其は思い知っチンポ×マンコ=セックス!
てきた事に違ひない。確かに読むことに拠つて一時的に知識が増えたやうに感じるのは間チンポ×マンコ=セックス!
違ひではないナビ! カーナビ! カーナビが、其は只単に《識つてゐる事を識つてゐるやうに読んで》ゐるからそう感じるだけの事で実は《識らない事を識らないように読んで》ゐると読めば読むほどに識らない事も知ってゐる事と比例して増加の一途を辿る運命に在るのだつた。《「世界」の裏側を知れば識るほどに、先生と生徒チンポ×マンコ=セックス!
先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とナビ! カーナビ! カーナビ生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先「世界」は【遠ざかつて】ゆく》其結果吾々は【博識な白痴】と化す。私は一応、新人小説家として文芸誌を賑わせてゐる。そのうえフヲシヲンリヰダとして雑誌グラビヤでセミヌウドになることもあるいけ好かないナアドなモボだ。先ごろ芥川賞候補にはどうにか成つたものの残念な先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先チンポ×マンコ=セックス!
生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先がら受賞には至らなかつた。人を食つたやうな筆名が禍しナビ! カーナビ! カーナビてゐるやも知れない。「茶川龍之介」といふのだ。しかし本名なのだから仕様がない。パチモンみたいで恥ずかしい事このうえない名前だが、なにしろ本名で小説家としてデビウしろといふのが父唯一の遺言だつたのだ。他に先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒ナビ! カーナビ! カーナビ先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先は何一つ書かれてゐなかつた。父の文學道楽は異常であつた。自身も作家を志していたものの才能に恵まれず、ハンバガシヲプ経営をしてゐた祖父の会社を潰してまでも私の文学修行に人生を費やしてきたのだ。最期は59万とんで1冊の蔵書に潰されての圧死だつた。致命傷となつた後頭部の打撲は中島敦の『文字禍』が収録された短篇集だつナビ! カーナビ! カーナビたといふから不思議なものだ。W村上のやうに《格好善さ気なもの》を書くのは青年期特有の【見栄】を引き摺つているからだろう。しかし古典や前衛といった市井の生活から乖離した場所に位置する孤高の世界観を持った書物ばかりを慈しんできた私のスタンスはいわばシナモンドーナツの「先生と生徒先生と生ナビ! カーナビ! カーナビ徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先穴」の部分を最もよく好んで食べる甘党仙人のやうなものだ。色恋沙汰や馴れ合い団欒といつたものの無意味さや性欲の崇高性を善く識る私にはその手の日常は詰らないのだ。ニイチェ的な憤りナビ! カーナビ! カーナビやヰトゲンシュタイン的ナビ! カーナビ! カーナビな鑑賞には既に辟易し尽くしてきた。そんなものはまさしく過去の遺物に過ぎないのだ。【世界の真実】を識つてしまつた弊害は残酷な容で私の精神を蝕みつつあつた。体面を保つ事の無意味さを嫌ふが余に隠してゐればよいやうなスキヤンダラスで卑俗な部分ばかりを晒してしまふのだ。こナビ! カーナビ! カーナビれではレイプ願望とスピイド違反のチンポ×マンコ=セックス!
私は《勘違い》してゐたのだ。読めば読むほど物識りになれるだなんて発想自体がそもそも物をよく識らぬが故の浅はかなる妄想に過ぎなかつたのだ。多読に人生を費やしてきた者ならば誰しも其は思い知っチンポ×マンコ=セックス!
てきた事に違ひない。確かに読むことに拠つて一時的に知識が増えたやうに感じるのは間チンポ×マンコ=セックス!
違ひではないナビ! カーナビ! カーナビが、其は只単に《識つてゐる事を識つてゐるやうに読んで》ゐるからそう感じるだけの事で実は《識らない事を識らないように読んで》ゐると読めば読むほどに識らない事も知ってゐる事と比例して増加の一途を辿る運命に在るのだつた。《「世界」の裏側を知れば識るほどに、先生と生徒チンポ×マンコ=セックス!
先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とナビ! カーナビ! カーナビ生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先「世界」は【遠ざかつて】ゆく》其結果吾々は【博識な白痴】と化す。私は一応、新人小説家として文芸誌を賑わせてゐる。そのうえフヲシヲンリヰダとして雑誌グラビヤでセミヌウドになることもあるいけ好かないナアドなモボだ。先ごろ芥川賞候補にはどうにか成つたものの残念な先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先チンポ×マンコ=セックス!
生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先がら受賞には至らなかつた。人を食つたやうな筆名が禍しナビ! カーナビ! カーナビてゐるやも知れない。「茶川龍之介」といふのだ。しかし本名なのだから仕様がない。パチモンみたいで恥ずかしい事このうえない名前だが、なにしろ本名で小説家としてデビウしろといふのが父唯一の遺言だつたのだ。他に先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒ナビ! カーナビ! カーナビ先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先は何一つ書かれてゐなかつた。父の文學道楽は異常であつた。自身も作家を志していたものの才能に恵まれず、ハンバガシヲプ経営をしてゐた祖父の会社を潰してまでも私の文学修行に人生を費やしてきたのだ。最期は59万とんで1冊の蔵書に潰されての圧死だつた。致命傷となつた後頭部の打撲は中島敦の『文字禍』が収録された短篇集だつナビ! カーナビ! カーナビたといふから不思議なものだ。W村上のやうに《格好善さ気なもの》を書くのは青年期特有の【見栄】を引き摺つているからだろう。しかし古典や前衛といった市井の生活から乖離した場所に位置する孤高の世界観を持った書物ばかりを慈しんできた私のスタンスはいわばシナモンドーナツの「先生と生徒先生と生ナビ! カーナビ! カーナビ徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先穴」の部分を最もよく好んで食べる甘党仙人のやうなものだ。色恋沙汰や馴れ合い団欒といつたものの無意味さや性欲の崇高性を善く識る私にはその手の日常は詰らないのだ。ニイチェ的な憤りナビ! カーナビ! カーナビやヰトゲンシュタイン的ナビ! カーナビ! カーナビな鑑賞には既に辟易し尽くしてきた。そんなものはまさしく過去の遺物に過ぎないのだ。【世界の真実】を識つてしまつた弊害は残酷な容で私の精神を蝕みつつあつた。体面を保つ事の無意味さを嫌ふが余に隠してゐればよいやうなスキヤンダラスで卑俗な部分ばかりを晒してしまふのだ。こナビ! カーナビ! カーナビれではレイプ願望とスピイド違反のチンポ×マンコ=セックス!
私は《勘違い》してゐたのだ。読めば読むほど物識りになれるだなんて発想自体がそもそも物をよく識らぬが故の浅はかなる妄想に過ぎなかつたのだ。多読に人生を費やしてきた者ならば誰しも其は思い知っチンポ×マンコ=セックス!
てきた事に違ひない。確かに読むことに拠つて一時的に知識が増えたやうに感じるのは間チンポ×マンコ=セックス!
違ひではないナビ! カーナビ! カーナビが、其は只単に《識つてゐる事を識つてゐるやうに読んで》ゐるからそう感じるだけの事で実は《識らない事を識らないように読んで》ゐると読めば読むほどに識らない事も知ってゐる事と比例して増加の一途を辿る運命に在るのだつた。《「世界」の裏側を知れば識るほどに、先生と生徒チンポ×マンコ=セックス!
先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とナビ! カーナビ! カーナビ生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先「世界」は【遠ざかつて】ゆく》其結果吾々は【博識な白痴】と化す。私は一応、新人小説家として文芸誌を賑わせてゐる。そのうえフヲシヲンリヰダとして雑誌グラビヤでセミヌウドになることもあるいけ好かないナアドなモボだ。先ごろ芥川賞候補にはどうにか成つたものの残念な先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先チンポ×マンコ=セックス!
生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先がら受賞には至らなかつた。人を食つたやうな筆名が禍しナビ! カーナビ! カーナビてゐるやも知れない。「茶川龍之介」といふのだ。しかし本名なのだから仕様がない。パチモンみたいで恥ずかしい事このうえない名前だが、なにしろ本名で小説家としてデビウしろといふのが父唯一の遺言だつたのだ。他に先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒ナビ! カーナビ! カーナビ先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先は何一つ書かれてゐなかつた。父の文學道楽は異常であつた。自身も作家を志していたものの才能に恵まれず、ハンバガシヲプ経営をしてゐた祖父の会社を潰してまでも私の文学修行に人生を費やしてきたのだ。最期は59万とんで1冊の蔵書に潰されての圧死だつた。致命傷となつた後頭部の打撲は中島敦の『文字禍』が収録された短篇集だつナビ! カーナビ! カーナビたといふから不思議なものだ。W村上のやうに《格好善さ気なもの》を書くのは青年期特有の【見栄】を引き摺つているからだろう。しかし古典や前衛といった市井の生活から乖離した場所に位置する孤高の世界観を持った書物ばかりを慈しんできた私のスタンスはいわばシナモンドーナツの「先生と生徒先生と生ナビ! カーナビ! カーナビ徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先穴」の部分を最もよく好んで食べる甘党仙人のやうなものだ。色恋沙汰や馴れ合い団欒といつたものの無意味さや性欲の崇高性を善く識る私にはその手の日常は詰らないのだ。ニイチェ的な憤りナビ! カーナビ! カーナビやヰトゲンシュタイン的ナビ! カーナビ! カーナビな鑑賞には既に辟易し尽くしてきた。そんなものはまさしく過去の遺物に過ぎないのだ。【世界の真実】を識つてしまつた弊害は残酷な容で私の精神を蝕みつつあつた。体面を保つ事の無意味さを嫌ふが余に隠してゐればよいやうなスキヤンダラスで卑俗な部分ばかりを晒してしまふのだ。こナビ! カーナビ! カーナビれではレイプ願望とスピイド違反のチンポ×マンコ=セックス!
私は《勘違い》してゐたのだ。読めば読むほど物識りになれるだなんて発想自体がそもそも物をよく識らぬが故の浅はかなる妄想に過ぎなかつたのだ。多読に人生を費やしてきた者ならば誰しも其は思い知っチンポ×マンコ=セックス!
てきた事に違ひない。確かに読むことに拠つて一時的に知識が増えたやうに感じるのは間チンポ×マンコ=セックス!
違ひではないナビ! カーナビ! カーナビが、其は只単に《識つてゐる事を識つてゐるやうに読んで》ゐるからそう感じるだけの事で実は《識らない事を識らないように読んで》ゐると読めば読むほどに識らない事も知ってゐる事と比例して増加の一途を辿る運命に在るのだつた。《「世界」の裏側を知れば識るほどに、先生と生徒チンポ×マンコ=セックス!
先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とナビ! カーナビ! カーナビ生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先「世界」は【遠ざかつて】ゆく》其結果吾々は【博識な白痴】と化す。私は一応、新人小説家として文芸誌を賑わせてゐる。そのうえフヲシヲンリヰダとして雑誌グラビヤでセミヌウドになることもあるいけ好かないナアドなモボだ。先ごろ芥川賞候補にはどうにか成つたものの残念な先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先チンポ×マンコ=セックス!
生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先がら受賞には至らなかつた。人を食つたやうな筆名が禍しナビ! カーナビ! カーナビてゐるやも知れない。「茶川龍之介」といふのだ。しかし本名なのだから仕様がない。パチモンみたいで恥ずかしい事このうえない名前だが、なにしろ本名で小説家としてデビウしろといふのが父唯一の遺言だつたのだ。他に先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒ナビ! カーナビ! カーナビ先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先は何一つ書かれてゐなかつた。父の文學道楽は異常であつた。自身も作家を志していたものの才能に恵まれず、ハンバガシヲプ経営をしてゐた祖父の会社を潰してまでも私の文学修行に人生を費やしてきたのだ。最期は59万とんで1冊の蔵書に潰されての圧死だつた。致命傷となつた後頭部の打撲は中島敦の『文字禍』が収録された短篇集だつナビ! カーナビ! カーナビたといふから不思議なものだ。W村上のやうに《格好善さ気なもの》を書くのは青年期特有の【見栄】を引き摺つているからだろう。しかし古典や前衛といった市井の生活から乖離した場所に位置する孤高の世界観を持った書物ばかりを慈しんできた私のスタンスはいわばシナモンドーナツの「先生と生徒先生と生ナビ! カーナビ! カーナビ徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先穴」の部分を最もよく好んで食べる甘党仙人のやうなものだ。色恋沙汰や馴れ合い団欒といつたものの無意味さや性欲の崇高性を善く識る私にはその手の日常は詰らないのだ。ニイチェ的な憤りナビ! カーナビ! カーナビやヰトゲンシュタイン的ナビ! カーナビ! カーナビな鑑賞には既に辟易し尽くしてきた。そんなものはまさしく過去の遺物に過ぎないのだ。【世界の真実】を識つてしまつた弊害は残酷な容で私の精神を蝕みつつあつた。体面を保つ事の無意味さを嫌ふが余に隠してゐればよいやうなスキヤンダラスで卑俗な部分ばかりを晒してしまふのだ。こナビ! カーナビ! カーナビれではレイプ願望とスピイド違反のチンポ×マンコ=セックス!
私は《勘違い》してゐたのだ。読めば読むほど物識りになれるだなんて発想自体がそもそも物をよく識らぬが故の浅はかなる妄想に過ぎなかつたのだ。多読に人生を費やしてきた者ならば誰しも其は思い知っチンポ×マンコ=セックス!
てきた事に違ひない。確かに読むことに拠つて一時的に知識が増えたやうに感じるのは間チンポ×マンコ=セックス!
違ひではないナビ! カーナビ! カーナビが、其は只単に《識つてゐる事を識つてゐるやうに読んで》ゐるからそう感じるだけの事で実は《識らない事を識らないように読んで》ゐると読めば読むほどに識らない事も知ってゐる事と比例して増加の一途を辿る運命に在るのだつた。《「世界」の裏側を知れば識るほどに、先生と生徒チンポ×マンコ=セックス!
先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とナビ! カーナビ! カーナビ生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先「世界」は【遠ざかつて】ゆく》其結果吾々は【博識な白痴】と化す。私は一応、新人小説家として文芸誌を賑わせてゐる。そのうえフヲシヲンリヰダとして雑誌グラビヤでセミヌウドになることもあるいけ好かないナアドなモボだ。先ごろ芥川賞候補にはどうにか成つたものの残念な先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先チンポ×マンコ=セックス!
生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先がら受賞には至らなかつた。人を食つたやうな筆名が禍しナビ! カーナビ! カーナビてゐるやも知れない。「茶川龍之介」といふのだ。しかし本名なのだから仕様がない。パチモンみたいで恥ずかしい事このうえない名前だが、なにしろ本名で小説家としてデビウしろといふのが父唯一の遺言だつたのだ。他に先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒ナビ! カーナビ! カーナビ先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先は何一つ書かれてゐなかつた。父の文學道楽は異常であつた。自身も作家を志していたものの才能に恵まれず、ハンバガシヲプ経営をしてゐた祖父の会社を潰してまでも私の文学修行に人生を費やしてきたのだ。最期は59万とんで1冊の蔵書に潰されての圧死だつた。致命傷となつた後頭部の打撲は中島敦の『文字禍』が収録された短篇集だつナビ! カーナビ! カーナビたといふから不思議なものだ。W村上のやうに《格好善さ気なもの》を書くのは青年期特有の【見栄】を引き摺つているからだろう。しかし古典や前衛といった市井の生活から乖離した場所に位置する孤高の世界観を持った書物ばかりを慈しんできた私のスタンスはいわばシナモンドーナツの「先生と生徒先生と生ナビ! カーナビ! カーナビ徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先穴」の部分を最もよく好んで食べる甘党仙人のやうなものだ。色恋沙汰や馴れ合い団欒といつたものの無意味さや性欲の崇高性を善く識る私にはその手の日常は詰らないのだ。ニイチェ的な憤りナビ! カーナビ! カーナビやヰトゲンシュタイン的ナビ! カーナビ! カーナビな鑑賞には既に辟易し尽くしてきた。そんなものはまさしく過去の遺物に過ぎないのだ。【世界の真実】を識つてしまつた弊害は残酷な容で私の精神を蝕みつつあつた。体面を保つ事の無意味さを嫌ふが余に隠してゐればよいやうなスキヤンダラスで卑俗な部分ばかりを晒してしまふのだ。こナビ! カーナビ! カーナビれではレイプ願望とスピイド違反のチンポ×マンコ=セックス!
私は《勘違い》してゐたのだ。読めば読むほど物識りになれるだなんて発想自体がそもそも物をよく識らぬが故の浅はかなる妄想に過ぎなかつたのだ。多読に人生を費やしてきた者ならば誰しも其は思い知っチンポ×マンコ=セックス!
てきた事に違ひない。確かに読むことに拠つて一時的に知識が増えたやうに感じるのは間チンポ×マンコ=セックス!
違ひではないナビ! カーナビ! カーナビが、其は只単に《識つてゐる事を識つてゐるやうに読んで》ゐるからそう感じるだけの事で実は《識らない事を識らないように読んで》ゐると読めば読むほどに識らない事も知ってゐる事と比例して増加の一途を辿る運命に在るのだつた。《「世界」の裏側を知れば識るほどに、先生と生徒チンポ×マンコ=セックス!
先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とナビ! カーナビ! カーナビ生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先「世界」は【遠ざかつて】ゆく》其結果吾々は【博識な白痴】と化す。私は一応、新人小説家として文芸誌を賑わせてゐる。そのうえフヲシヲンリヰダとして雑誌グラビヤでセミヌウドになることもあるいけ好かないナアドなモボだ。先ごろ芥川賞候補にはどうにか成つたものの残念な先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先チンポ×マンコ=セックス!
生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先ナビ! カーナビ! カーナビ生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先がら受賞には至らなかつた。人を食つたやうな筆名が禍しナビ! カーナビ! カーナビてゐるやも知れない。「茶川龍之介」といふのだ。しかし本名なのだから仕様がない。パチモンみたいで恥ずかしい事このうえない名前だが、なにしろ本名で小説家としてデビウしろといふのが父唯一の遺言だつたのだ。他に先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生とチンポ×マンコ=セックス!
生徒先生と生徒先生と生徒ナビ! カーナビ! カーナビ先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先は何一つ書かれてゐなかつた。父の文學道楽は異常であつた。自身も作家を志していたものの才能に恵まれず、ハンバガシヲプ経営をしてゐた祖父の会社を潰してまでも私の文学修行に人生を費やしてきたのだ。最期は59万とんで1冊の蔵書に潰されての圧死だつた。致命傷となつた後頭部の打撲は中島敦の『文字禍』が収録された短篇集だつナビ! カーナビ! カーナビたといふから不思議なものだ。W村上のやうに《格好善さ気なもの》を書くのは青年期特有の【見栄】を引き摺つているからだろう。しかし古典や前衛といった市井の生活から乖離した場所に位置する孤高の世界観を持った書物ばかりを慈しんできた私のスタンスはいわばシナモンドーナツの「先生と生徒先生と生ナビ! カーナビ! カーナビ徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生チンポ×マンコ=セックス!
徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先生と生徒先穴」の部分を最もよく好んで食べる甘党仙人のやうなものだ。色恋沙汰や馴れ合い団欒といつたものの無意味さや性欲の崇高性を善く識る私にはその手の日常は詰らないのだ。ニイチェ的な憤りナビ! カーナビ! カーナビやヰトゲンシュタイン的ナビ! カーナビ! カーナビな鑑賞には既に辟易し尽くしてきた。そんなものはまさしく過去の遺物に過ぎないのだ。【世界の真実】を識つてしまつた弊害は残酷な容で私の精神を蝕みつつあつた。体面を保つ事の無意味さを嫌ふが余に隠してゐればよいやうなスキヤンダラスで卑俗な部分ばかりを晒してしまふのだ。こナビ! カーナビ! カーナビれではレイプ願望とスピイド違反のチンポ×マンコ=セックス!
これで全て終わりだ。《【小説家】は死んだ。》

     12

読めば読むほど莫迦になる。   

     13

参考文献(著者名略)

『むちむちぷりん』
『シャコタン・ブギ』
『お前とララバイ』
『バツ×テリー』
『まいっちんぐ!マチコ先生』
『いけない!ルナ先生』
『高校教師』

(了)

2003年02月23日 中篇小説 トラックバック(0) コメント(0)

聖バタイユ女学園専属心理療法士太宰治虫のむふふ診察日誌

いずれにせよ、エロティシズムは理不尽なものである。
             ――ジョルジュ・バタイユ

      ※


なんちって。
こういう言葉を冒頭においてかっこつけてみたかっただけよ~ん。
むふふ。


      ※


第1話・赴任~
1人目の生徒・プチストレス美少女アユミ
~futuaring battle of
           どスケベ心理療法士オサムシ
                 VS
           やさぐれ爆走少年ケンジ~

人里離れた山の中腹辺りで私はタクシーを降りた。
そしてそこにそびえたつ、まるで西洋の名画のなかから飛び出してきたかのような洒脱かつ豪華絢爛なデザインの、巨大な建物を見上げた。
桃色の屋根瓦と乳白色のレンガ壁のコントラストが男心をくすぐるね。
私は、見事なまでに女の園を象徴化させることに成功した名も知らぬ建築家に、思いを馳せずにはいられなかった。
彼はきっと、さぞかし女にもたてに違いないな。
実にうらやましいことだ。
しかし同時に、そういうことなら私も決して負けてはいないはずだぞと、見ずしらずのそしておそらく故人であろうその建築家への対抗心をあらわにして私自身のことを振り返ってみた。
日米の混血児であった私は、やはり目鼻立ちのくっきりとした派手な顔立ちをしている。
そしておそらくは母ゆずりと思われる、男ながらにきめ細やかな美肌は、私の自慢である。
それに私は元バスケット部だし、背が183センチもあるのだ。
もてないはずがない経歴といえるだろう。
しかしいかんせん私には、あるどうしようもない欠点があった。
そう、私は無類のロリコン趣味なのである。
といっても男女の区別もあいまいな幼女にしか関心のない真正のロリコンとは違う。
成熟しきった大人の女って手合いが苦手なだけで、どうしても私のストライクゾーンは、つぼみが芽生え始めた年頃の、いわゆる女子校生あたりに限定されてしまうのだ。
なんといってもセーラー服が大好きなのである。
残念ながら高校まではずっと全寮制の男子校に通っていたから、女子校生と触れ合う機会なんてそうそうなかったもので、これは多分、その反動なのかもしれないな。
まずいな、こうして自己紹介をしているだけでも妄想がふくらんで、股間までふくらみはじめてしまったではないか。
いかんいかん、これから大事な赴任の挨拶があるというのに、スラックスの前にテントを張っていては、大恥をかいてしまう。
いまのうちに、冷静さを取り戻しておかねば。
とりあえずまだ時間があるので、私の経歴についてもう少し話しておこう。
それでどうにか股間のやんちゃ坊主もおとなしくなってくれることだろう。
さてそんなわけで、私の生い立ちである。
何を隠そう私の父は、ショー・コスギよりも一歩早く日本初のアクションスターを目指して映画の聖地ハリウッドに単身乗り込んでいた、二枚目俳優だったのだ。
いや、厳密に言うと、二枚目俳優志願の美青年だった。
そして父は、表舞台でのスターには残念ながらチャンスがつかめず、なりそこねたそうだ。
しかし持ち前のスケコマシのテクニックを活かし、裏舞台でのスターとして数々のナイスバデーパツキン美人女優たちを夜ごと慰めていた、伝説の男娼であった。
私はそんななか、父の顧客の美人女優の私生児として生を受けた。
母はその後、とある資産家と結婚することになっていたために、養育費とともに幼い私を父の手にゆだねたそうだ。
そういうわけで私には、母と暮らした記憶はないのである。
母のことについて知っているのは、学園物で活躍した美人女優だったらしいということくらいで、顔を見たことはない。
父いわく、少女のようなあどけなさを持った愛らしい女性だったとのことだ。
もしかすると私がロリコンになってしまったのには、父から聞いた母の面影への憧憬が、大きく影響しているのかもしれんな。
そんなわけで私は、自分がロリコンであることにはある種、誇りさえ感じているのだ。
それはさておき、もう少し話を続けさせてくれ。
父はその後、私を連れて日本に帰ってくるなり各種風俗店の経営に着手し巨万の富を築いた。
しかし私が高校生の時だった。
父は悪い女にだまされて破産し、失意のうちに精神の安定を崩し、酒の勢いで自ら命を絶ってしまったのだ。
そんな父を不憫に思った私は、家財道具をうっぱらって手に入れたなけなしの財産をもとにして、こうして心理療法士の資格を取得したというわけなのである。
さてそんなわけで、ここは心理療法士である私が今日から赴任されることになっている、全寮制の名門女子校なのだ。
ふう。
ヘビーな話をしたおかげで、どうにかふくらみかけた性欲は収まってきたようだな。
よかったよかった。
しかしなんだか、どっと疲れてきた。
似合わないことはするもんじゃないな。
そうそう、私の名は太宰治虫という。
どこかで聞いたことのあるような名前だと思われるだろうが、その通り、父が愛読していた太宰治と手塚治虫から採って名付けられたそうだ。
そして父の希望通り私は、立派なロリコンのナルシストとして成長した。
なんていうと2人のファンの方から怒られてしまうかな。
ちなみに私はそろそろ30歳後半を迎えようという、ある意味おとこ盛りの年頃ではあるが、いまだ結婚暦はない。
そもそもロリコンなのだから一緒に老いていくだろう妻への愛情を維持できる自身もないし、マンコならぬチンコから生まれたのではなかろうかというほど根っからの浮気性なものだから、独身主義は絶対的ポリシーなのだ。
浮世にはバツイチやら略奪愛やらといった不穏な言葉がまかり通って久しいが、いざ結婚の契りを交わすとならば一生のみぎりとなすのが日本男児の義というものではなかろうか。なんて大層なことを言えるのも独身貴族ならではの特権かもしれないがね。
とにかくまあ、簡単に結婚なんて口にすべきではないし、子を成すような行為には細心の注意を払わねばならぬ。
ちなみに私は万が一に備え、パイプカットしている。
もしかすると将来一生愛すべき相手が出てきたときのためにと精子バンクにも登録済みだから、子供を作れないわけではないが、一時の過ちで不憫な子を増やすようなこともない。
片親でも幸せに暮らしている子供だっているとは思うが、こうして見事にひねくれた性癖を得てしまった私自身が何よりの生きた証拠である。
成長の妨げになる要素が少ないにこしたことはない。
しかしそれにしても、希望通り女子校配属に決まるなんて願ったり叶ったりってやつだな。
これでこれから先は立場を利用してよりどりみどりの美人女子校生達とあんなことやこんなことやそんなことまでもやりたい放題の夢のパラダイス生活の到来と来たもんだな。 
 むふふ。
むふふふふふふふふ。
こりゃ笑いが止まらん!
むははははははは!
げへへへへへへへへ!
がほっがほっ!
げほげほげほ!
いかんいかん、また妄想にふけってしまったではないか。
それと言い忘れていたが、実は私は結核患者なのだ。
現代の医学では治る病気らしいが、幸い症状は軽いので、ほったらかしにしている。
なに?
結核患者が学校で働けるわけがないって?
そんなことを私に言われても困るよ。
現にこうして私は採用されているのだから。
そんなことよりこの学校は多くの女流作家を輩出している文科系の名門校と言われているから、結核にロマンティックなイメージを持った文学少女がわんさかいることだろう。
結核持ちだなんて文学青年っぽくってカッコいい~とか言われてモテモテになるだろうことは間違いないな。
やはり笑いが止まらん。
むははははははは!
げへへへへへへへへ!
がほっがほっ!
げほげほげほ!
やばいな、ちょっと気を抜くと、後から後から妄想が湧いてきやがる。
ほんと自制しないとな。
さてそんなわけでまずは理事長室に挨拶に行かねばならぬ。
これがまたお美しい方なんだ。
私は理事長室のドアをノックした。

  ※

「どなたですかあ~?」
 妖艶な大人の美女の肉声……ではなく、むしろ甘ったるいアニメ声だ。顔に似合わず
あどけない一面も持っているのかもしれぬ。これは期待できるぞ! むふふふふ。
いやしかし、初対面から鼻の下を伸ばしていてはいかんな。ここは勝負どころだ。
「今日からお世話になります心理療法士の太宰です」
できるかぎりダンディーな声色で答えた。
「お待ちしておりました~。どうぞこちらへ!」
 ドアを開き出迎えてくれたのは、メイド服を着た若い女性であった。
なんだ、理事長ではないのか。でもこの娘もなかなか可愛らしいではないか。
しかし本丸を忘れてはならぬぞ。
 私はゴージャスな装飾が施された理事長室の奥に目をやった。
そこには妖艶な大人の美女……ではなく、むしろ面妖なロマンスグレーの紳士が座っていた。
はて、誰だろう?
「理事長はいらっしゃいますかな?」
「ええ、私です」
紳士が答えた
「またまた、ご冗談を」
「私が理事長の姉歯源一郎です」
「まさか! 理事長は二十五歳独身の才媛・堀江佑月女史のはずだ!」
「ああ、それは源氏名ですじゃ」
「源氏名って、風俗をされているのですか?」
「あいや、失敬。ペンネーム、もとい、パソコンをするときの、あれじゃよ」
「ハンドルネームですね!」
「そうそう、それじゃ」
「そういうことでしたかー。って、そんなばかな! だって約束が違うじゃないですか! 私はあなたが夜をさびしく過ごすのを慰めてくれる男性を募集していると2ちゃんねるに書いていたのを信用して手を貸したんですよ! それなのにネカマだったなんて、男の純情を弄ぶな!」
「いや、それはほんとうのことですよ。私はゲイですから」
「むごたらしいジョークですね」
「それはさておき、あなたは合格です。私が求めていたのは、まさにあなたのようなむせ返るほどに男性的な存在です。私だけでなく、ここの男性教員はみなゲイなものですから、生徒たちに男らしさを見せつけられるものがおらぬのです。二世紀も前から全寮制のエスカレータ教育を売りにしてきた伝統を壊すわけにもいかず、社会に出てから男性恐怖症にでもなりはすまいかと心配だったのです。これからは頼りにしますよ」
「本当にゲイなんですか……」
「あなたに手出しはしませんから、ご安心下さい」
「それならまあ、いいでしょう」
「さて、これから朝礼です。生徒たちに紹介しますが、挨拶の準備はよろしいですか?」
「ええ、おまかせください」
秘密の花園どころか火鉢で出鼻をくじかれた気分だ。
しかしこの後は美少女たちにお披露目の時間、これこそが本命だ。
私は鼻息を荒くしながら講堂に向かった。

    ※

講堂の豪奢な西洋風の扉を潜り抜けてみると、そこは色とりどりな一面の花盛り。
ああ、これが女子校なんだ! これぞ花園なんだなあ!
「ダザイ先生、どうなさいました!? ハンケチ、使います?」
「いや失敬、由緒正しき講堂の雰囲気に圧倒され、のぼせ上がってしまったようでして。ははは」
学長が貸してくれたピンクの花柄ハンケチで鼻血を拭いながら、チラリと周囲を盗み見た。
よかった、誰も気づいていない。ここでキザにキメられなくては、幸先が悪いからな。
なるたけクールな面持ちを装いつつ、先に壇上に上がった学長からの呼び出しを待った。
期待と不安の入り混じったような女生徒たちの好奇なまなざしがココロやコカンに突き刺さる。
この緊張はまるでナイフみたいに尖っては盗んだバイクで走り出す青少年の気分だ。なんのことやらよくわからんが、とにかく尋常ではない状況下であることが伝われば、それでいいのだ。
「生活はいかに豊かになろうとも殺伐とした事件が絶えることのない飽食の現代、心の豊かさが見直されています。そこで本学におきましても諸君の心のケアにまで気を配った真の総合教育の場を目指したく、本日からココロのプロフェッサーを迎え入れることと相成りました。皆さんのなかにも新聞やテレビで見聞きしたことがある人も少なくないのではないでしょうか。世界的な活躍ぶりも目覚しい心理療法士のダザイオサムシ先生です!」
 盛大な拍手を背に、いざ壇上へ。
「あームホン! オホッゴホッ、ゲホゲホゲホ! ただいま紹介に預かりしました、心理療法士のダザイオサムシです。学長から大げさなご紹介を受け戸惑っておりますが、要は近所の話し好きな気のいいアンちゃんだと思って、いやいや、もはやオッサンですけれど、ともかくどんな内容でもかなわないので、いつでも気軽に話しに来てほしい。お嬢様がたの精神的成長のバックアップに、些細ながらも貢献できれば幸いであります。どうぞ今後ともよろしく」
 なんとかうまくまとまったかなと気を抜いた、その時。
「ダザイセンセー、チョー素敵!」
どこからともなく、黄色い声援が!
 思わず目を向けると、何ともウブいハイネのような君の瞳。
「1年Q組のハメスギアユミでーす! センセーのご本、愛読してます!」
「まじで? もとい、ありがとう。覚えておくね」
 アユミタンの投げキッスを尻目に、あくまでクールに退場。
最初からあんまりガツガツするは、ひかえんとな。
その後も朝礼が続くというので、私はメモ用の極秘ノートと万年筆を出した。
「そのノートは何ですの?」
「ああ、これはですね、生徒たちの精神状態を大まかにメモしているんです」
「遠目で分かるものですか?」
「あくまで参考程度ですがね」
「素晴らしいですわねえ。それに仕事熱心な方。安心しておまかせできそう」
「頼りにしてください」
実はこれ仕事なんかではなく、ただ単にお気に入りの生徒数名をピックアップしているのだ。クラスと名前と特徴をつぶさにチェックしていく。
朝礼が終り解散する生徒たちのうちの数名を、さっそく私は呼び止めた。
「私は表情を見ただけで悩みがあることがわかるのだよ」
適当なことをいって、後でカウンセリングルームまで来るように言う。
「はーい! すぐいきまーす!」
何人かが一斉に返事をくれた。
なんて素直なコばかりなんだ! 
明日から頑張るぞ! 
むふふ。
むははははははは!
げへへへへへへへへ!
がほっがほっ!
げほげほげほ!

   ※

「備品が届くのは夕方頃ですので、まずは別の空き教室で準備などなさっていただけますか?」
学長に促され空き教室のデスクに腰を据えつつ学内資料に目を通していたところ、「派遣アシスタント(女性限定)」という書類に目が留まった。白ブラウスにタイトスカートのモデルとおぼしき女性のまばゆい営業スマイルの裏に、えもいわれぬ心象風景が透けてみえた。なるほどこの手の女性も悪くないなとさっそく電話を入れ、即日勤務可能者の履歴書をファクスしてもらう。
一瞥してすぐさま、再コール。
「チェンジは何回まで可能ですか?」
「なにか問題がございましたでしょうか?」
「何がって、顔だよ」
「……顔ですか?」
「写真じゃよくわからんのでね」
「……それがどうだというのでしょうか?」
「どうって、私は美人のアシスタントを希望しているんだよ」
「美人って、どうしてでしょうか?」
「どうしたもこうしたもない! 女は顔だ!」
「失礼ですが、お客様は私どものお仕事を性を売り物にするようないかがわしい種類のお仕事と、勘違いされていたりしませんか?」
「まあ、似たようなものなんじゃないのかね?」 
「なんですって? わたくしどもは、そういう商売をしているわけではないんですよ!」
「そんなマジにならなくたっていいだろ。フェミニズムなんて時代遅れだろ」
「いい加減にしてください! あなたのような男性がいるからいつまでたっても女性の社会進出がままならないんです!」 
「わかったわかった、そうヒステリックにならなくっかっていいじゃないか。耳が痛い。それじゃ、もういいよ。こちとらわんさか女子校生に囲まれての生活だからね。女には不自由しとらん」
「まあ! 何て言い分でしょう!? そんな危険な先生のもとにうちのスタッフを送るなんて、こっちが願い下げです!」
「そうかいそうかい。わかったよ。んじゃな」
ふ~。
なんてこった。
慣れないことを頼むんじゃなかったな。
まあいいか。
そうこうしているうちカウンセリングルームに設備が届いたとのこと。
ここが私のハーレム、もとい職場となるわけね。楽しみだなあ。

   ※

翌日。
「ダザイせんせ! こんにチワワ♪」
おっと、とうとうおまちかねの、一人目の生徒の登場と来たもんだ。
しっかし、『こんにチワワ』だって?
何だそりゃ?
そういえば、この学校は家柄や親の資産さえしっかりしていれば、どんなに勉強が出来なくても入学できるという話を聞いていたが、まったくその通り。
あいさつからして、聞きしに勝るアホそうな按配ではないか。
これなら、いけそうだな。
しかも年齢にそぐわない、見事にエロい顔立ちと体つきをしてるじゃねえかよ、こんちくしょうめ!
芸能人にたとえると、あれだ、オレンジジュースの「なっちゃん」の娘っこに似てるな。
髪型と眉毛の吊り上り方が、まさにクリソツじゃんかよ。
ほんでもってこの、たまご型の顔の輪郭がいいね。
ほっぺたの肌の質感もぷちぷちと水分を弾きそうな若々しさに満ちているではないか。
こりゃもう本当に、たんまんないね。
むふふふふ。 
ぐふふふふふふ。
がほっがほっ!
げほげほげほ!
さてさてそれでは、どんな感じで攻めていこうかな。
「こんにちは。それで今日は、どうしたのかね?」
「あの~最近、友達とかと上手くいってなくて、ストレスとかたまっちゃってて困ってるんですけど」
「そうか。んじゃ、スポーツとかすれば?」
「スポーツ、苦手なんです」
「じゃあ、カラオケとか」
「歌、うまくないですし」
「ん~、TVとかゲームとか漫画とかは?」
「興味ないんです」
なんともはや、思ったよりもアホな娘だな。
よしよし、いい感じだぞ。
ここで奥の手を出してやろうじゃないか。
「そうか~、じゃあ、とっておきの方法があるよ」
「なんですかそれ?教えて下さい!」
「誰にも内緒にできるかい?」
「大丈夫です。口は堅いです」
「実はね、男の人のおちんちんをしゃぶると女の子は精神的な安らぎをえられるものなのだよ」
「え~!? まじですかそれ??」
「まじもまじ、マジマジ君さ! 世界的な性の伝道師たる私が言うのだから、間違いはない」
「電動コケシなら小耳に挟んだことありますけど」
「見かけによらず、耳年増だねえ……」
「馬鹿にしないでください! 小耳だけじゃなく股にだって挟んでるんですから」
「なんとまあ! それなら話は早い! 百聞はイチモツにしかず、試してみるかい?」
「先生のをしゃぶってもいいんですか?」
「じゃ、あ~んして」
「あ~ん」
うほほほほほ!
夜の酒場でだって、こうはうまくいかないもんだぜ。
むむむ。
けっこう器用に舌を動かすもんだな。
意外とうめえじゃねえかよ。
恥ずかしがりながらも、いかにも美味しそうに舐めてやがる。
さきっちょを舌先でちろちろしたりするなんて、遊んでる娘なのかもしれんな。
「あ~そこそこ、そこがいいんだよ」
「は~い」
「しかしうまいもんだね。君はこういうこと、慣れてるのか?」
「へ? まさか~、こんなのはじめてにきまってまふよ~」
「そうなのか? それにしては、舐め方がつぼを得ているじゃないか」
「ほえ~、つぼ?」
「とにかく、うまいなってことだよ」
「あ~、多分、ソフトクリームが大好物だからかな?」
「なるほどね」
んなあほな。
まあしかし、現役女子校生の生フェラってのは、とんでもなく気持ちいいもんだな。
むほほほほほほ。
「でね、しばらくしゃぶってると白い液が出てくるんだ」
「精子ですよね? 保健体育の授業で聞きました」
「お、えらいね~よく勉強してるようだ」
「えへへ。ほめられちった」
「それをね、飲むと効果抜群なんだよ」
「わかりました。じゃ、飲みます」
「素直でいい子だね。きっと将来、いいお嫁さんになれるよ」
で、口内発射でごっくん。
苦いのを我慢しつつ半分困ったように微笑みながら!
むほほほほ。

  ※

「先生、今日はおちんちんしゃぶらせてくれて、精子まで飲ませてくれてどうもありがとうございました!」
「いやいや、初めてにしては気持ちよかったし、こちらこそありがとう」
「なんだか、本当に落ち着いてきちゃった」
「そうだろそうだろ? 先生の言うことにうそはないのだ」
「あの……それで落ち着いたら言う勇気がでてきました。実はもうひとつ、聞いてもらいたいお願いがあったんです」
「ほうほう、なんでも聞くぞ。どんなはなしかな?」
「はい。実はあたし、ふもとの中学の頃からつきあっていた彼氏がいるんです」
「ほほお」
「ケンジっていうんですけど、その人、いま暴走族に入っちゃってて」
「あれまあ、それはいかんね」
「……それで、いまも彼のことが好きなんですけど、こわくって」
「そうか。しかしなあ、そういう危ないやつは忘れるわけにいかないのか?」
「違うんです! ケンジは本当はそんな人じゃないんです!」
「そうなのか」
「はい。ケンジはボクシングをやってたんです。中学のとき、不良に襲われそうになったあたしを助けようとして不良グループの一人を殺しちゃったんです」
「なるほどねえ。……って、なぬ!? こ・こ・こ・こ・殺したって!?」
まいったなこれは。私に相談されても困るな。どうしようかな。
「そうなんです。それで、ケンジはそのことを隠すかわりにと用心棒として暴走族の仲間にされたんです。ケンジはあたしのことを心配して、それから連絡をくれなくなってしまいました。先生、どうにかできませんか? こんなこと、他の先生や友達には打ち明けることができなくて、ずっと一人で悩んでたんです!」
「そうか。なんとかしてやりたいことはやまやまだが……」
これはさすがに手が出せんなあ。金が入るわけでもないしなあ。
「なんとかしてくれたら、あたしのバージンをあげてもいいです!」
「なんだって!? そうか、わかった! 私に任せなさい!」
「本当ですか? ありがとうございます!」

  ※

そんなわけで私は、ふもとにある暴走族の溜まり場にむかうこととなった。
しかしどうしよう。
安うけあいしてしまったものの、私はもうそんなに若くもないし。
心理療法士の知識を応用してどうにかできればいいのだが。
ヴロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ……
この爆音は! このへんにいるのか。
やっぱ逃げちゃおっかな。……いやいしかし、美少女との夢の時間が待っているのだ。どうにかしたい気もするな。
でもやっぱ、今日のところはやめとこう。別にすぐじゃなくてもいいわけだし。
「よお、おっさん。それって、ベルサーチだろ? いいスーツ着てるじゃねえか。ちょっくら俺らにもめぐんでもらえないかなあ?」
後ろから声をかけられた。もう手遅れだ。こりはやばいな。やばいなこりは、ヤバいぜアニキ!
「いやあ、そうかね? でもこれ、もらいものなんだよなあ。金なんて持ってないよ」
「ああ? そんなこと言って、全身ブランドまみれじゃねえかよ」
「あはは。そういわれてみれば確かにね」
「おいおい、おっさん。ふざけるのもたいがいにせえよ?」
凶悪な眼差しから顔をそらしたところ、近くのビル壁に晴れらている化粧品の広告が目にはいった。往年の名画『お熱いのがお好き』の有名なワンシーンを模している。
あることを思い出した。いい手があるじゃないか!
試したことは無いが、不良少年なら、たいていは多分これでいちころだぞ。
私はおもむろにジャケットを脱ぎ捨てた。
「お、なんだいオッサン、やる気か?」
好戦的な笑みを浮かべつつも、どことなく腰が引けている。うまくいきそうだ。
ワイシャツを脱ぎスラックスを下げたところで、太鼓腹があらわになった。かつては理想的に割れていたはずの腹筋も、いまやどこにあるかさえわからない。酒と女にいりびたりの放蕩生活がもたらしてくれたものだと思えば誇らしくさえもあるのだが、この場においては相手を油断させる余興にしかなりえまい。だが、それさえもまた想定の範囲内だということにまでは考えが及ぶまい。まさにホリエモンばりの粉飾体型というわけだ。
「なんだいオッサン、そのカラダで動けるのかよ」
神をもおそれぬ少年たちのナイフのような嘲笑が五臓六腑に突き刺さる。
これからが正念場だ。
さてとばかりに、私はパンツを下ろした。
「こ、これはまた見事なお手前で……」
度肝を抜かれ言葉尻まで丁寧になった少年たちは道端にひれ伏した。
「おみそれ致しました、大将!」
そして彼らもまたブリーフを下ろし短小包茎のイチモツを晒すに至り、治虫の推理が的中していたことが明白となった。すなわち彼らの暴走の要因は性器の小ささにこそあったのだ。抑圧された肉体的劣等感のコンプレックスが彼らのプライドを支えていたのだ。見事な身体能力を誇示する黒人文化を敵視してきた白豪主義はこんなファー・イーストの地方都市にまで類を及ぼしていたのである。

   ※

さてそんなこんなで無事に連れ帰されたケンジと、アユミはよりを戻す。
これじゃ、手がだせんではないか。怒らしたらこわいし。
期せずしてとんだキューピットになってしまったオサムシは、ひとり嘆くのであった。

   ※

ところで治虫が広告から得たという啓示は何であったのであろう。モンローは裸に香水だけ身に着けていたという説がある。それこそが今回の窮地を乗り切る知恵を生み出したのであった。すなわち最大の攻撃は裸を晒すこと。オサムシの性器からは香水のかわりにむせ返るほどのイカくさいフェロモンが放出されていた。それは同時に男社会に生きるヤンキーたちを黙らせるに申し分のないほどの男気を感じさせる神器だったのである。


第1話・赴任~
1人目の生徒・プチストレス美少女アユミ
          ~futuaring battle of
           どスケベ心理療法士オサムシ
                 VS
           やさぐれ爆走少年ケンジ~ (了)

第2話予告・2人目の生徒・ダイエット美少女ホノカ
        ~futuaring battle of
        どスケベ心理療法士オサムシ
              VS
        いんちき健康用品営業担当者ダイスケ~

2002年11月20日 連載小説 トラックバック(0) コメント(1)

【詩と疲れ】(第1稿・2002/10/22)

疲れたな 疲れちゃったな ほんとにな

疲れてるときには 詩なんてかけないよね
書けるわけないよね そりゃそうさ
そういうものさ 創作意欲ってやつは
ひとりよがりで 勝手気ままな 風来坊さ

だけどさ

だからって本当に それでいいのかな?
つかれてるときにしか書けない そのときしか産み出せない
そんな言葉が きっとあるんじゃないのかな?

だからさ だからこそ僕は こうしていま
書きたくもない詩を あえて書いているんだよ
本当につかれきって 詩なんて書いてる場合じゃないけどさ
だからこそ 書くんだよ

君もさ こんな風にして 書いてみてくれないかな?
どうしようもなく疲れきっていて 書きたくない時に
あえて紡がれた 心の詩ってやつをさ こんな風にして

君の 疲れている時の 心の内面を 僕は 知ってみたい

2002年10月22日 トラックバック(0) コメント(0)

文学なんて、うんざりだ。

   第1章【隣人なんて、うんざりだ。】

 日曜日の午前中、いつものように独り暮らしをしているアパートの一室でせんべい布団のうえに寝そべってテレビの競馬中継を楽しんでいたところ、呼び鈴が鳴りました。 
 最初は、まだ眠いので出なくてもいいだろうと考えていたのです。ところがいつまで経っても鳴り止まないもので、変だなと思いました。郵便屋さんにしては余りにもしつこすぎます。
 しょうがなく入り口の覗き窓から外を見ると、灰色のシャツと茶色のズボンを着た青白い顔のやせ細った見知らぬ男の人が一人、部屋の前に立っているのが見えました。特に何も持ってないようだし、何も言わずに呼び鈴を鳴らし続けているわけですから、郵便屋さんや宅配便屋さんではないようです。でも何となくどこかで見覚えのある顔のような気もします。だけど親しい仲でないことは確かです。
 もしかすると、ぼくが気付いていないだけで相手はどこかで何度かぼくの顔を見知っていて、しかも一度も話した事もない間柄だというのに家を突き止めてまでも押しかけてきたのだとしたら、変質者だったりする可能性もあります。だとしたら怖いな、と思いました。刃物かなにか、ぶっそうなものを隠し持っているかもしれませんからね。
 そうはいっても、とりあえず今もまだ呼び鈴は鳴り続けていますので、どうにか対処しなくてはなりません。もう3分位もの間ずっと、鳴らされっぱなしです。ぼくの家の呼び鈴は電池式なので、こんなに鳴らされ続けたら、電池の寿命が勿体なさすぎます。わけのわからない見ず知らずの男の人のために、我が家の電池が短命の報いを受けねばならないなんて、冗談じゃないですよ。
ちなみのこの『短命の報い』って言葉は、ぼくのお気に入りなのです。テレビの時代劇で、お侍さんが使っていたのです。
 そんなことはどうでもいいですね。関係ない話を突然してしまうのはぼくの悪い癖のようです。工場の親方にもよく叱られています。
 とりあえず呼び鈴がうるさくてたまらないので、ドア越しに文句を言ってみることにしました。
「誰ですか! 何だってこんなふざけた真似をするんです! ぼくが一体何したって言うんですか!」
 すると相手は、こっちが拍子抜けしてしまうような素っ頓狂な高音の間延びした調子で、
「いらっしゃったんですかあ。なあら、よかったあ」と返してきました。
 ぼくはその悪びれない様子にますます腹が立ってきて、
「だから何なんですか! 何の用です! 下らない用事ならただじゃおきませんよ!」とすごんでみせました。
 ちなみにこの『悪びれない』というのもお侍さんの台詞から取りました。あっ、また話がそれてしまいましたね。
 相手の人は、今度もまた同じようなゆっくりとした口調で喋り始めました。
「いやあ。そうゆわれてしまうと困ってしまうんですけどねえ。実はあたくし、小説を書こうと思ってるんですよお」
 意外な答えにぼくはきょとんとしてしまいました。
「なんですって? 何故そんな事をわざわざぼくに伝えに来る必要があるんですか?あなたは何者なんですか!?」
 すると相手は、当たり前のことのように言いました。
「何者って、決まってるじゃないですかあ。隣の者ですよお」
 それを聞いて、やっと気が付きました。確かにこの人はこの築50年木造風呂ナシおんぼろアパートにあるぼくの部屋の、隣人に違いありません。滅多に顔を合わすことはありませんでしたが、年に数回程度は姿を見かけたことがあったのです。
「なんだそうですか。それならそうと早く言ってくれればよかったのに」
 そういいながらドアを開けて頭を下げたところで、だからってどうして、隣人に呼び鈴をこんなにも鳴らされ続けなくちゃならないのか? ということに気が付きました。隣の人だからといって別に、ドアを開けてあげる必要なんてなかったのです。
 でももう手遅れでした。隣人はぼくがドアを開けた事に喜んで笑顔を浮かべています。いまさらまた閉めて機嫌を損ねるのも悪いなと思い、とりあえず、
「で、あなたが小説を書くことと、こんな朝早くにぼくの部屋を尋ねてくることに、なんの関係があるんですか?」
 と聞いてみました。
 隣人は、「あなたにこのことを話すのにい、意味なんてえ、ありゃあ、しませんですよお。このお、無意味な行動をとるというう、ムイミ性にこそお、ゲージツ的なあ、意味合いがあ、秘められているんですよお」と、さっきまでよりはほんの少しだけ早い調子で、だけどやっぱり普通の人よりは遅い口調で、言い切りました。
 『芸術』? なんてものには全然興味もないぼくには、何のことやらさっぱりわかりません。
 隣人はさらに話を続けました。
「それでえ、ものは相談ですがあ、あたくしとお、『文芸誌の新人賞受賞』をかけてえ、勝負しませんかあ?」
 さらに意味のわからない勝手すぎる話に、ぼくはすっかりあきれ果ててしまいました。
「それはまた、どうしてですか?」
 隣人は申し訳なさそうに言いました。
「そうしないとお、書く気になれんのですよお。でもお、どおしてもお、新人賞が欲しいのですう。後生ですからあ、あたくしとのお、勝負をお、受けてみてはあ、下さいません、ものですかねえ」
 隣人は胸の前で手を合わせて、ぼくを拝むようにして頭を下げました。
 その姿に哀れみの気持ちも感じましたし、『後生ですから』という言葉もテレビの時代劇によく出てくる、ぼくのお気に入りのものでしたので、何だか隣人のことが少し好きになってしまいました。そこでその話を受けることにしたのです。
「わかりました。いいですよ」
「本当ですかあ? すごくう、うれしいですう。これであたくしもお、身を入れて小説を書くことがあ、できますよお」
 隣人は、青白い顔をくしゃくしゃにして笑顔を作りながら、自分の部屋に戻って行きました。
 それにしても最初はうちに来たのには意味がないとかいっておきながら、結局はぼくと小説の勝負をしたくて訪ねてきたわけだったんですね。やっぱりわけがわからない人だな、と思いました。
 さてそんなわけでぼくは、文芸誌新人賞受賞をかけた隣人との勝負のために、小説を書かなくてはならなくなってしまったのですが、それにしても変な約束をする羽目になってしまったものですね。でも面白そうだからやってみようかと思いまして、タンスの中にしまってあった落書き用のノートをコタツの上に置き、鉛筆を手に取って、小説を書こうとしてみました。
 でも何だか、頑張ろうという気が全然出てきません。
 どうしてだろうとしばらく考えるうちに、理由がわかりました。この勝負にぼくが勝っても、何の得もないのです。それではぼくの方のやる気が起きるわけがないですよね。別にぼくは小説の新人賞なんてほしくないわけですし。ぼくが頑張れる理由を作らなくてはいけません。
 しばらく考えてみて、どうにかいい方法が浮かんだので、今度はぼくが隣の部屋を訪ねることにしました。
 隣人はすぐに出てきました。
 そして、「ああ、さっきはあ、どうもお。ちょうどお、今からあ、書こうとお、思ってたあ、ところなんですう」と言いました。 
 やっぱり変なしゃべり方だなあと思いました。
 さっそく僕は、隣人に言いました。
「そうですか。それで、その約束の話の続きなんですけど、勝負に勝ってもぼくに何の得もないんだと、ぼくががんばる理由がないので、条件をつけてもいいですか?」
「何でしょうかあ?」
 ぼくは思い切って、さっき思いついた条件を切り出しました。
「ぼくは安月給で、貧乏なものですからね、一年分の家賃をかけて勝負するというのではどうでしょうか?」
 すると隣人は、「それはちょっとお、さすがにい、辛い条件、ですねえ・・・」
 と言いながら、腕を胸の前で組んで頭をひねりながら30秒ほど考え込んだあげく、「わかりましたあ。それでえ、いいでしょお」と、しぶしぶながらもその話を受け入れてくれました。
 「そうですか。これでぼくも頑張れます」と言うと、隣人は、「そのかわりい、絶対、あたくしもお、負けませんからねえ」と言いました。
 さてそんなわけで、ぼくにも頑張れる理由がめでたくできたわけです。
 部屋に戻るなり、気合を入れ直して再びノートに向かいましたが、それでもやはり、全く書くべき言葉が思い浮かびそうにありません。それもそのはずだ、とぼくは思いました。だってぼくは、小説なんか一度も書いたことがないのですから。しかしそうはいっても、一年分の家賃といったら30万円ですからね。ぼくの月給の2倍以上の大金が懸かっているわけです。それだけあれば、前から欲しいと思っていた新しい大型テレビやふかふかの綺麗な新しい布団が買えちゃうんです。何とか頑張りたいと思いました。すごいもんですね。お金が懸かってるだけで、こんなにやる気が出るものとは思いませんでした。さっきの約束は本当に名案だったと思いました。
 だけど書こうという気はあっても、書きたいものがなければ話になりません。まずは書き出す前に、書きたいものを見つけなくてはと考えました。でもその前に、小説ってどういうものなのかも考えなくちゃいけませんね。
そこでとりあえず、ぼくの記憶を総動員して、小説とは何なのかということを考えてみるところから始めることにしました。何となくはおぼろげながら想像はつくものの、それが文字で書かれたものだってことくらいしか、思い当たりません。
 だったら、まず手始めに、文字の勉強をすればいいかな、と思いつきました。
 小説どころか文章自体ほとんど書く必要のない生活を続けてきましたので、とにかく言葉をあまり多く知らないのです。しかも、ちょうど中学を卒業する15歳くらいまでの記憶が、あまりないのです。ふと気が付いたら、何の身分証になるものも持たずに新宿の路上で寝泊りしていたのです。自分の年齢も知らなかったのですが、路上暮らし仲間のおじさんたちに、「お前さんは大体、16歳くらいじゃろうね」とよく言われていたので、多分それくらいだったのでしょう。
 その後、1年くらいの間は、仲間のおじさんたちに教わって、電車の駅のホームにあるゴミ箱をあさって古雑誌を集め、それを駅前で100円で売っている人に引き取ってもらったり、手配士さんに連れられて工事現場なんかの日雇い仕事をもらったりして暮らしていました。 
 そしてある日、僕の働きぶりを、そこの親方に褒められたことがきっかけで、その親方の工場で働くことになったのです。自分の年もわからないようなぼくに、部屋まで貸してくれて働かせてくれるなんて、なんていい人だろうと思いました。
 工場には、いろんな国の人が働いています。なかには言葉の通じない人もいますが、みんな優しくていい人ばかりです。
 ここに来てから、もう4年くらいになりますから、多分ぼくは今、20歳くらいです。
 テレビを見ていると、20歳になると『成人式』というものをやってもらえるようなのですが、ぼくは親も産まれた場所もわからないので、それには行けませんでした。だけど、先月、工場の仲間が代わりに祝ってくれたので、嬉しかったです。誕生日もわからないので、親方と知り合った5月10日が、仮の誕生日ということになっているのです。
 そういえば隣人の仕事はきいたことがないのでよくわかりません。
 同じ工場で働いている可能性もありますが、工場の中で見かけたことはないので、多分違うのでしょう。このアパートは一部分の部屋だけを親方が借りているだけなので、工場の仲間以外の人も住んでいるんです。あと、新人賞に応募するくらいだから、小説家ではないことは確かでしょう。
 ああ、何だかまた、話がそれてしまっていますね。いけない、いけない。何をしようとしてたんでしたっけ?あ、文字の勉強でしたね。
 そういえば確か、親方に言葉の勉強をするようにと誕生日祝いに国語辞典をもらったことを思い出しました。あれはどこにしまったんだったけかな?
 ゴミだらけの部屋の中を探してみましたが、どこにもありません。押入れの中にも見当たらないので、台所を調べてみたところ、流し台の下の戸棚の中にあるのを発見しました。すっかり忘れていましたが、漬物石の代わりにしていたのです。半年くらいほったらかしだったもので、すっかりおしんこの臭いが移ってしまっています。もらった直後は興味もあって目を通していたのですが、そのうち面倒くさくなって枕にしてみたりして、でも硬過ぎて頭が痛くなってしまったので、これまた親方にもらったぬかみそがあったので、漬物石にしてしまっていたというわけなのです。
 国語辞典の名前は『広辞苑』ですが、なんて読むのかはぼくにはわかりません。でも辞書の名前なんて読めなくたって、小説は書けますよね、国語辞典が出てこない小説を書けばいいだけのことですから。こんなことを思いつくなんて、ぼくって意外と頭がいいのかもしれません。
 というわけで、この『広辞苑』とやらを読み進めることにしました。黒い表紙が何だかかっこよくて、いかにも頭が良くなりそうな感じです。そういえば、新宿には黒いスーツを着た頭のよさそうな人たちがたくさんいました。学生服も黒ですね。今度ぼくも黒い服を買ってこようかな、と思いました。そうすれば少しは、頭がよくなれるかもしれません。よく考えてみたら、ぼくは黒い服って一着も持ってないのです。工場で着る作業服は青色ですし。
 おっと、また余計なことを考えてしまいました。
 それにしてもこの「広辞苑」っていう国語辞典は、あまりにも分厚いので、全部読むのには相当時間がかかりそうです。かといって最初から読んでいったのでは、妙に国語辞典の最初の方に書いてある言葉ばかり知っていることのなって、片寄った言葉遣いしか出来なくなりそうなので、出だしの音ごとに2ページずつ読んでみることにしました。
 なるほど、言葉を覚えるのは楽しいものですね。
 少しずつ知っている言葉が増えていくのは、工場で新しい仕事の方法がどんどん身についていくのに似た、嬉しさがあります。それにしても、国語辞典を読むのって、最初から言葉の知識がないと無理みたいですね。読み進める間にもわからない言葉がたくさん出てくるので、結局予定の何倍ものページを読むことになってしまったようです。
 でもそのおかげで、かなりの言葉を覚えることができました。1ページ読むのに30分はかかるもので、今日は「広辞苑」を読むだけで終わってしまいました。
 すっかり疲れ果ててしまったので、小説を書くのは明日以降にすることにして、今日はもう、寝ることにします。
 おやすみなさい。

 結局、それからの6日間は、仕事で疲れてしまって小説を書くことはできませんでした。でも何とか、「広辞苑」のかなりのページを読み切りました。どうやっても全部は読めそうにないので、今日は6日ぶりの休日ということもあり、今度こそ小説に取り掛かることにしました。
 実はこの一週間というもの、毎朝、隣人がぼくの小説の進み具合を確かめに訪ねてきていたもので、うんざりしていたのです。ですから、どうにか少しでも書き進めて、早く隣人にそのことを伝えられるようになりたいのです。
 さてそんなわけで、6日ぶりにコタツの上にノートを置き、鉛筆を削って、小説の構想を練ることにしました。この「構想を練る」って言葉、かっこいいでしょ?「広辞苑」の872ページで見つけて、気に入ったのです。他にもたくさん、いいなと思える言葉があったので、それをそこかしこに散りばめて、いい小説を書きたいと考えているのです。ちなみにこの「そこかしこ」っていうのは、1508ページです。
 そんなわけでこうしてもう1時間以上、小説の構想を練っているのですが、やはり何も浮かびません。言葉を覚えただけでは駄目なのかもしれません。
 と、ここであることに気が付きました。
 そういえば、「広辞苑」で『小説』を調べてなかったのです! それをすればきっと、すごく役立つに違いありません。どうしてこのことに早く気が付かなかったのでしょう。

 しょう-せつ【小説】①[漢書芸文志「小説家者流、蓋出二於稗官一、街談巷語、道聴塗説者乃所レ造也」]市中の出来事や話題を記録したもの。稗史(はいし)。②(坪内逍遥によるnovelの訳語)文学の一形式。作者の想像力によって構想し、または事実を脚色する叙事文学。韻文形式だけでなく、語り手が物語るという形式からも自由となった、市民社会で成立した文学形式。古代における伝説・叙事詩、中世における物語などの系譜を受けつぎ、近代になって発達、詩に変わって文学の王座を占めるに至った。―・か【小説家】小説を創作する人。文士。作家。

 ぼくが最初何となく考えていたよりも、どうやら難しいもののようです。
 あまりにも意味がわからない部分はいいとして、「出来事や話題を記録したもの」というのはどうにか理解できます。でもこれだと、日記と変わらないですよね。わかりそうな部分だけ、さらに調べてみることにしました。それで「作者の想像力によって構想し、または事実を脚色する叙事文学。」の部分もわかってきました。本当は起きていないことを、勝手に考えて書いてもいいし、本当にあったことをおおげさに書いてもいいようです。
 『伝説』や『物語』も調べました。うちには小説の本は一冊もありませんが、ポルノ小説とかいうものが載っている、週刊誌ならあります。連続小説というものも、テレビで見たことがあります。それと同じようなことを、書けばいいのでしょう。それなら日記とは違いますね。
 で、何度も出てくる、「文学」というのは何でしょうか。これがわかれば、かなり小説のことが理解できそうです。でも何だか、長ったらしくてよくわかりません。どうやら、『言語』、つまり文字だけで書いたもののこと、ってことのようです。なるほど、小説のほかにも、詩歌とか戯曲なんてのも文学と呼ぶんですね。でも今ぼくが書かなくちゃいけないのは、小説だけですから、これはどうでもいいです。
 さてそうすると、家にある小説風のものを真似てみれば、今度こそ小説が書けるかもしれません。
 テレビを付けてみましたが、あいにく『連続小説』って番組はやってないようです。でもちょうど『にっぽん昔ばなし』というアニメが始まるところでした。これも作り話だから、多分、連続小説と似たようなものでしょう。
アニメを最後まで見終わりました。
 『桃太郎』の話でした。桃太郎は、本当の親も、本当の親の住んでいるところも知らないところが、少しぼくと似ているな、と思いました。これを真似て書いてみることにしようと考えましたが、でも全く同じだと、ただの桃太郎になってしまうので、ぼくの作り話にならないですよね。どうにかして、作り変えなくちゃいけません。
 そこでしばらくの間、うーんとうなりながら方法を考えていたところ、お便所に行きたくなってきました。
 うんこと一緒にいい考えもでてくてくれればなあと思いながら、今度はうんこを出すためにうなっていました。そして事を済まし、ぼくのうんこが水の力でお便器の底に流されて消えていくのを眺めていたところ、突然、名案が浮かんだのです! 本当にうんことともに、いい案が出てきてしまったのです!
 それは、『桃太郎』じゃなくて、『うんこ太郎』というお話にしようというものでした。桃太郎が川から流れてきたところと、ぼくのうんこがお便所の水に流されていくところが似ていると思ったからです。もしもこの、ぼくのうんこのなかに赤ん坊が入っていたとしたら、お便所の先の川で、それをおばあさんが拾うかもしれないと思ったのです。さっそくぼくは、桃太郎の話を思い出しながら、書いてみました。
 でもそれを読み返してみて、桃がうんこに変わっていても、やっぱりそれが桃太郎と殆ど一緒だと言うことに気が付きました。他に何か、この話に付け加えられないかと考えていたところ、さっき『広辞苑』で読んだ、「本当にあったことを大げさに書く」という方法のことを思い出しました。
 ぼくのこれまでの生い立ちを、この『うんこ太郎』に混ぜ合わせることで、ぼくなりの物語にできないものでしょうか。
 そこでぼくの記憶にある、道端暮らしの頃のことを考えてみました。
 そういえば、道端暮らしの仲間のおじさんたちが、自分の子供の頃の話をしている時、子供の頃のことを覚えていないぼくは、話に入れなくて、悲しかったものです。川に流される前に、うんこが当時のぼくのような生活をしていたことにしようと思いました。
 そしてどうにかこんな感じで、ぼくの小説は、始まることとなったのです。

     ぼくのしょうせつ【うんこたろう①】

  どうろのはしっこに、おおきなうんこが、おちていました。それは、すごくく
さい、うんこでした。うんこですから、くさいのはあたりまえのことのようです
が、でもちがうのです。ふつうのうんこなら、おべんじょでみずあらいされて、
きれいになれるものですが、このうんこのばあいは、みちばたにおいてけぼりに
されていたものですから、だれにもあらってもらえないのです。ですから、いえ
のおべんじょでうまれたうんこにくらべてみると、くさかった、ということなの
です。それはじぶんでもわかっていまたから、うんこはくさくてつらかったので
す。でもじぶんではどうにもできません。なにせうんこはうごくということがで
きませんでしたからね。あれ? そうすると、はなもないわけだから、じぶんの
においはわからないことになってしまいますね。でもこれは、ぼくのつくりばな
しのなかのうんこなので、いぬのようによくきく、りっぱなはなをもった、とく
べつなうんこだ、ということにしておきます。そしてこのうんこは、じぶんのお
かあさんもおとうさんもしりませんでしたので、とてもかなしいなと、いつもお
もっていました。それにじぶんがうんこだということも、いやでたまらなったの
です。ぼくがうんこじゃなかったら、いまごろいいにおいのするしあわせなくら
しをおくっていたことだろうと、かんがえていたのです。そんなあるひのことで
す。おおあめがふってきてどうろがみずびたしになり、うんこは、げすいどうに
ながされていったのです。ほかのうんこはみんな、みずにとけてしまって、うん
こではなくなってしまいましたが、そのうんこは、はながいいだけでなく、から
だもがんじょうにできている、やはりとくべつなうんこだったものですから、げ
すいどうにながされているあいだも、ずっとうんこのままでいられたのです。

どうにかここまで書いたものの、この先どうすればいいかわからなくなってしまいました。よく考えてみたら、桃太郎の場合なら、桃だったから、おばあさんに拾われたわけですけど、うんこなんて誰も拾うわけがないんですよね。
 そこでぼくは続きを書くのは一休みして、何かヒントにならないかと思い、工場の仲間がぼくの部屋に置き忘れていった週刊誌に載っている『ポルノ小説』を読んでみることにしました。
 それは、女の人とセックスをしたがっている男の人の物語でした。一冊しかないので、セックスがどいういうものなのかがわかりません。道端の仲間も、工場の仲間も、この『セックス』とやらをしたいという話をしているのは聞いたことがありましたが、何のことかわからないぼくは、聞き流していました。でも、小説を書くために、小説に書かれているようなことなら知っておいたほうがいいだろうと思い、また『広辞苑』で調べてみることにしました。

  セックス【sex】①性。性別。②性欲。性器。③性交。

 わからない言葉が多いので、それぞれ調べてみましたが、性別は男の人と女の人の違いのことで、性器は男の人と女の人とで形が違ってて、おしっこをするところです。それで最後の性交というのは、男と女でするものだ、ということがわかりました。でも何をどうすればいいのかは『広辞苑』には載っていません。書かれている順番どおりに、どういうことか考えてみることにしました。
 まずは、性別。性別をするって、どういうことでしょう?女の人なら女の人をする、男の人なら男の人をするってことかな? でもそれだったら、誰でも一人でできちゃいますよね。『ポルノ小説』に書いてあるセックスや、工場の仲間が言ってるのとはたぶん違いますね。女と一緒にしなきゃいけないって事ですから。性器も、一人で持っていられるものだから、これも違います。
 とにかく、女の人と一緒にやるものなのははっきりしていますから、ぼくと一緒にセックスしてくれる女の人を見つけなければいけないですね。
 でも今日はもう疲れていたので、それは来週の仕事が休みの日に試してみることに決めました。

   第2章【セックスなんて、うんざりだ。】

 というわけで、次の休日、僕は女の人がたくさんいる新宿に行くことにしました。電車を降り改札を抜けて、駅前の広場に出たところで、ちょうどぼくの正面にいた、赤いワンピースを着た5才くらいの女の子と、目が合いました。女の子は、にこやかにぼくに笑いかけてきましたので、この子なら頼みを聞いてくれるかもしれない、と思い、思い切って声をかけてみることにしました。
「おじょうちゃん、僕とセックスしてくれないかな?」
 すると女の子は、まん丸の大きな目をぱちくりさせながら、少し離れた場所でおばあさんと話をしている、その子のお母さんらしき女の人のところへ、走っていきました。
 女の子は、「ママ~、セックスって何?」と聞きました。
 お母さんは眉をひそめて怒ったような顔つきで言いました。
「リョウコちゃん、なにそれ? どこでそんな言葉覚えたの!?」
「向こうにいるお兄ちゃんがいってた。リョウコとセックスしようだって」
 それを聞いてお母さんはさらに怖い目つきになって、ぼくをにらみつけました。
 ぼくはお母さんの機嫌を損ねないようにと、できる限りの笑顔を作りながら、歩み寄っていきました。
 そしてもしかすると、娘さんとセックスするのはまずいのかなと思い、「お母さんのほうでもいいんですよ。今すぐここで、ぼくとセックスしてほしいいんです」といいました。
 するとお母さんは、すごい勢いで娘さんを抱きかかえ、「こっちにこないで! 気持ち悪い!」と叫びながら、遠くへ逃げていってしまったのです。
 ぼくは『気持ち悪い』と言われて、すごく嫌な気分になり、今日はもう帰ろうかと思いましたが、隣人との約束の大金のことを思い出し、せっかくここまで来たのだから、いい小説を書くために頑張ろう、と思い直しました。
 そして今度は、ぼくの目の前にひとり取り残されていたおばあさんに、話を持ちかけてみました。
 おばあさんは逃げていった二人のほうを向いて、「待っとくれ~」といいながら、もたもたと後を追いかけようとしているので、早く声をかけなくちゃと思いました。
「おばあさんとでもいいです。おばあさん、お願いですから、ぼくにセックスを教えて下さい!」
 ぼくは今度は、その場に手を付いて土下座しながら言いました。
 するとおばあさんは立ち止まり、「あんれま~、どうしまひょ。きもつはうれすぃーけんどもねえ。この年じゃ、いくらなんでも無理だわ。あはははは」と言いました。
 それを聞いて、ぼくは、セックスできる年齢とできない年齢があることを知りました。
 そこで今度は、「そうですか。おばあさんの年では、セックスできないんですね。何歳ならいいんでしょうか?」と聞いてみました。
「そったらことも知らんのかえ? けったいな若人だなや。まんず、子供やお年寄りでなけえば平気だろうがよ。それより、やらしてくれる相手はそう簡単にはみつかんねえべ。てっとりばやく、風俗にでも行けばよかんべ」
「風俗ですか? そこでセックスしてもらえるんですか?」
「んだんだ」
「風俗はどこにありますか?」
「そんだねえ……」
 おばあさんが風俗の場所を教えてくれようとしたところで、さっきの女の子のお母さんが、おまわりさんを連れてやってきたのが見えました。
 おまわりさんは、ぼくの姿を見るなり、こちらへ向って走り寄ってきました。
 さあ、大変なことになりました。道端暮らしの頃、おまわりさんが近寄って来たら、逃げるようにと仲間から教わっていたことを思い出したのです。
 ぼくは力の限りに走りながら、逃げ出しました。
 それからどのくらい経ったのでしょうか。
 今まで来たことのない場所に着いていました。
 あまり人のいない公園のような場所でした。おまわりさんも、もう見当たりませんでしたので、ぼくは足を止め、近くにあったガードレールに腰掛けて、少し休むことにしました。
 近くにあったゴミ箱の中に捨てられた雑誌の表紙が目に留まりました。
 そこには『ぼくらのセックス大特集号』と書かれていたのです!
 なんていいタイミングなのでしょう! とぼくは思いながら、その雑誌をゴミ箱から取り出して、読み始めました。
 裸の女の人の写真が、いっぱい載っています。
 読んでいるうちに、セックスとは裸でやるものらしいことがわかりました。だけどまだ、具体的なことは少ししかわかりません。裸の体を舐めあったり、唇同士を合わせたりするらしいことはわかりましたが、色々ありすぎて、どのことをセックスというのか、いまいちよくわかりません。どうやらセックスも文学と同じように、難しいもののように思えてきました。
 こうして何分かの間、雑誌の内容に夢中になっていたところ、ふと、隣に人の気配を感じて、そっちの方向に目を向けました。
 いつのまにかそこには、分厚い靴下と、ものすごく短いスカートを履いた、茶色い髪の女子学生らしき女の人が座っていたのです。
 そしてぼくがそちらを見た途端に、話しかけてきました。
「やっぱ、ミクが思った通り! ヒライケンにチョー似てる!」
「はあ。そうなんですか?」
「マジよ、マジ。うれしくない?」
 ぼくは変なしゃべりかただな、と思いました。言葉を強くする部分が、ぼくや工場の仲間と派明らかに違うのです。
「ヒライケン……って人、知らないですから」
「うそ~? いま売れてんじゃん。よく言われない?」
「言われたことないです」
 そういえば、テレビでこういう話し方をする女の人を見たことがあるな、と思い出しました。服装の感じも同じなので、多分、ジョシコウセイとかいう種類の人なのでしょう。
 そういえば、ジョシコウセイは子供じゃないって話も、テレビで聞いたことがあります。でも大人でもないんだったかな?
 だけどとりあえず子供ではないのだから、大丈夫だろうと思いました。でもお年寄りだったらまずいので、一応それだけは確認しとこうかと思いました。
「あの、あなたはお年寄りではないんですよね」
「なにそれ?持ちネタ? 真顔で言うから、チョーうけるんだけど。このひと面白すぎー」
「いやあの、本気で聞いてんですけど」
「ぎゃははははは! まだ言ってるし。あんたボケの才能あるよ。ミク、ボケキャラの人、大好きなんだ」
「ではぼくとセックスして下さるのでしょうか?」
「あんた面白いから気に入った! うん、いいよ。セックスしよ」
 何だか知らないけど、気に入られたようです。でもまだ、はっきりしないことがあります。
「で、本当にお年寄りじゃないんですよ?」
「あたりまえっしょ! もういいから、普通にしてて。でもそういうシツコイ人もミク好みだから、ゆるしたげるけどね。ミクって優しいっしょ?」
「そうですね。いい人だと思います」
「そんな改まった言い方されると、てれちゃうって。タメ語でいいよ」
「タメ語ってなんですか?」
「タメ語も知らないの? あんた若そうに見えけど、本当はいくつよ?」
 ぼくは自分の本当の年齢を知らないので、どきっとしてしまいましたが、そのことを言うと、セックスしてもらえなくなるのかもしれないと思い、「20歳になったばかりです」と答えました。
「ふ~ん。それら普通は知ってるはずだけど……。あ! わかった! あんたキコクシジョでしょ? 濃い顔してるし」
 キコクシジョ……帰国子女のことでしょうか? これは偶然、『広辞苑』で読んで知っていました。外国に長いこと住んでいて、元の国に帰ってきた人のことです。ぼくの場合は外国にいたわけではないけど、子供の頃の記憶がないわけですから、「そんなようなものです」と答えることにしました。
「へえ。マジで? だったら言葉知らなくてもしょうがないって感じ。あのね、タメ語って、なんていえばいいかな、丁寧じゃない言葉づかいのことだよ」
「丁寧じゃない言葉づかいですか?」
「乱暴な言葉づかい、でもいいかも。年下の人に話すような感じの」
 親方がぼくらに話しかけるときの言葉遣いを、思い出してみました。
「おう! てめえら、調子はどうだ?」
「そう! そんな感じ! いいじゃんいいじゃん! 男らしくって。そのしゃべり方で、ミクにも話してかけてみてよ」
「おう! ミク、調子はどうだい?」
「ちょっと時代劇入ってるっぽいけど、上出来。ほかにもわからない言葉があったら、いつでも教えたげる」
「そうかそうか。そりゃありがてえ話だな」
 そんな会話を続けながらも、ぼくは内心、ミクがお年寄りじゃなくてほっとしていました。
 これであとは、セックスするだけです。
「よし、それじゃあよ、ミク、今すぐここで、ぼくとセックスしようぜ!」
「へ? 突然、なにゆってんの? それってバカすぎー! ぎゃはははは! 人がいっぱいいるのにここでなんてできるわけないっつうの! 露出モノのAVかっつうの! やっぱあんた面白すぎー。ぎゃはははは」
 「人がいる場所じゃ駄目かい? そういうもんかよ。世の中には、オレの知らないことがたくさんあるもんなんだな」
 ぼくは、親方のしゃべり方を真似るのが、なんだか面白くなってきました。自分のことも『ぼく』じゃなくて、親方と同じに『オレ』と呼ぶことにしてみました。
「なになになに、あんた山奥からでも出てきてるわけ~? 普通それくらいわかるってば」
「東京産まれの東京暮らしさ。ところがだな、中学までの記憶がねえしよ、同年代の友達もいねえから、知らねえことだらけなんだ」
「ほえ~。そんな変わった人初めてだよ! 中学までの記憶がないって、なんかドラマの主人みたいでイケてるかも~!」
「で、どこでならセックスできるんだ?」
「普通はラブホとか行くんだけど、そんなお金あったらミクに貢いでほしいから~、公園の藪の中とかでいいよ~」
「お金? お金を払うのか」
「だって~恋人同士じゃないんだから~ただでやるわけないし~当然っしょ?」
「そういうものなのか。よしわかった、お金は払うからよ、公園でオレと一緒にセックスしよう」
 するとミクが、「ところで、ゴム持ってる?」と聞いてきたので、ポケットの中に入っていたゴム製の指サックをとりだしました。仕事でつかっているので。
「ぎゃはははははは~! 今度はそうくるか! マジあんた、お笑いやりなよ~」
「これじゃ駄目なのか。でも、これしかもってないんだ」
「しょうがないなあ、じゃあ、ミクの持ってるの使うからいいよ」
 そしてぼくはミクと一緒に、近くにあった藪の中へ入りました。
 ミクは、ぼくに抱きつきながら、ぼくの唇に唇を付けてきました。
 ミクの茶色い髪が、ぼくの鼻先に触れました。果物のような、いいにおいがしました。
「ねえ、口あけてよ」とミクが言うので口を開きました。
 するとミクが、ぼくの口の中に舌を入れてきたので、ぼくはびっくりして口を閉じました。とっさのことだったので、ミクの舌を噛んでしまいました。
「イタイ! なにすんの~!?」
「いや、ごめん。ついびっくりしちゃって」 
「もしかしてあんた、キスもしたことないわけ?」 
「ないよ。女の人と話すのもかなり久しぶりだし」 
「へえ。ウブなんだあ。20歳でしょ~? 顔もイケてんのに、親が厳しかったのかな?何かそれって、貴重かも~。じゃあね、ミクが色々教えてあげるから、大人しく言うとおりにするんだよ?」 
「ああ、わかった」
 ミクはまた、ぼくの口の中に舌を入れてきました。
 なんだか不思議な感触です。
「あんたも、ミクと同じように、舌を動かしてよ」と言われたので、その通りにしました。
 そうこうするうちに、ミクはぼくの服を脱がし始め、とうとうパンツまで下ろしてしまいました。
 そしておもむろに、ぼくのおちんちんをくわえたのです!
「汚いよ、そんなことしちゃ!そこはおしっこがでるところだ」
「いいからいいから、黙ってて」
 と言われ、そのままにしていたら、なんだか、気持ちよくなってきました。
「ミクのも舐めて」と言うので、ミクのパンツを脱がしました。
 ミクはぼくの顔の方に性器を向けました。そこには、ぼくや工場の仲間のようなおちんちんではなく、複雑な形をした筋のようなものがありました。『広辞苑』で男の人と女の人の性器というものが違うものであるらしいことは知りましたが、こうして間近に見るのははじめてなので、しばらく見入っていました。
 なんだか、貝の中身に似ているなと思いました。
 ミクが、「早く舐めてよ~」というので、舐めてみることにしました。
 しょっぱくって、味も貝のようだと思いました。
 必死で舐めているうちに、ねばっこい液がどんどんあふれ出してきました。
 ミクは、ぼくのおちんちんから口を離し、ぼくをひざ立ちにさせました。
 ぼくのおちんちんは、ちょうど朝、起きたときのように、硬く大きくなっていました。
 そしてミクは、カバンの中から、ふくらませる前の風船、のようなものを取り出してみせました。
「それがゴム?」 
「うん。ミクが口でつけたげる」
 と言って、ミクはそのゴムとやらを口に入れて器用に、ぼくのおちんちんに付けました。
「それにしても、あんたのおちんちん、チョーでかいよね」
「そうなのかな?」
「そうだよ~。ミクが今まで見た中で、一番おっきいよ。こんなの入るかな?」
「入る?」
「だから、ミクのここに、だよ」
 と言ってミクは、左手でミクの性器の筋を広げました。そこには深い穴が開いていました。 
「うわ~。そうなってるんだ……。で、そこに、入れる?」
「そうだよ。早くあんたのおちんちん、入れて!」
「そうなんだ?」
 ぼくはミクの性器の穴の中に、ぼくのおちんちんを入れました。
 なんだかやわらくて、これまた不思議な感触です。
「で、おちんちんがおまんこから抜けないようにして、腰を前後に動かすの」
「おまんこ?」
「そっか、それも知らないんだ? 面白いね。おまんこってのは、ここのことだよ」
 と言って、ミクは自分の穴を指差しました。
「そうなんだ? 国語辞典には載ってなかったから、なんていうのか、ずっと気になってたんだ」
「ぎゃははははは。ま~た変なこと言ってるし。まあいいから、腰動かしてよ」
 ぼくは腰を動かし始めました。
 なんだか、とても気持ちがいいです。
 ミクの息が、スポーツをしている時のように、荒くなってきました。
 ぼくの息も同じようになってきました。
 突然、「ああ~ん! いいっ!すごくいい! こんなの初めて~!」とミクが言ったので、「な、何が、初めて?」と聞きました。
「……こ……こんな! ……おっきい……の! ……初めて……なの!アア~ン!」 
 なんだか、苦しそうです。
「だ……大丈夫?」
「……なにがあ!?」
「な……なんか、苦しそうだから……」
「ンフッ……ち……ちがうの! 気持ち……いいいいのお!」
 よかった。苦しいんじゃないようです。ぼくと同じように、ミクも気持ちいいのでした。
 そしてしばらく腰を動かし続けていたところ、急におしっこが出そうな感じになってきました。なんだか、今すぐにでも出ちゃいそうな感じです。
 声を出すとおしっこも一緒に出てしまいそうなので、「……出そう。どうしよ……?」と、何とか必死に言いました。
「……ゴム……してるからあ! いいよ。出して……!」
 本当にいいのかな? と思いましたが、ミクはおちんちんを抜いていいとは言っていないので、思い切ってそのまま、おしっこをしちゃうことにしました。
「ううう……っ!」
 ぼくは声を出しながら、おしっこをしました。
 その瞬間に、いままでとは比べものにならない、不思議な気持ちよさを覚えました。
 でもなんだか、普段おしっこする時とは、どうも感覚が違うようです。
「……いいよ、もう、抜いて」
 とミクが言ったので、おちんちんをおまんこの穴から抜きました。
 おちんちんは柔らかくなって、しぼんでいました。
 その後しばらく、草の上に寝そべったままだったミクは、ゆっくりと立ち上がり、ぼくのおちんちんにかぶせていたゴムをはずしました。
 するとなんだか、ぼくのおちんちんの先に、白い液が着いているのに気が付きました!
 ウミか!?
 ぼくは病気なのか?
 と思い、あぜんとしていると、ミクはゴムの中にたまっていたものを自分の手の平の上に垂らしました。 
 それもやはり、大量のウミのようなものでした!
 ミクは、それを載せた手の平に唇を近づけ、あろうことか、おソバのようにズルズルと音を立てて、それを飲み込んでしまったのです!
 これには、あきれてしまいました。
「……ミク、膿を飲み込むなんて不衛生すぎるよ! いくらなんでもやりすぎだよ!」
 するとミクは、平然とした様子で、こう答えましたました。
「あ~そっか、これも知らないんだ?これはね、セイシだよ」
「セイシ?」
「うん。赤ちゃんのできるモトの、片割れ」
「赤ちゃんだって?」
「ぎゃはははは。何かまるであんたって、小学生みたいだよね。セックスすると赤ちゃん出来るの、知らなかったの?」
「何だって? ……すると、ぼくらの赤ちゃんが産まれるのか?」
「まさか~。今はゴムしてたから平気だよ。おまんこにセイシが入っちゃうと、赤ちゃんができちゃうんだよ」
「……そうだったのか……すると、おちんちんをおまんこに入れるのが、セックスってこと?」
「そうだよ」
 そうだったのです!
 こうしてぼくはやっと、セックスというものを知ることができたのです!
 でも、どうしてミクは、その赤ちゃんのモトであるセイシを、おソバのようにすすったりしたのでしょうか?
 それを聞いてみると、「あんたのこと気に入ったからだよ。これはミクなりのあんたへの愛情表現なんだよ」とミクは答えました。
「セイシを飲み込むことが俺への愛情表現?」
「そうだよ」
 ぼくは、セックスとともに愛情というものまでも覚えることが出来たってことです。セックスして、本当によかったと思いました。気持ちのいいものだという事も、わかりましたし。でも色々と覚えることもたくさんあってすごく疲れるものだったので、もう、うんざりだ、とも思いました。
「そういえば、お金払うんだっけ?」
「あ~そうだっけ?でもいいよ。気持ちよかったから」
「でも悪いよ。普通は払うものなんだろ?」
「そんなことないって。ミクもあんたのこと、気に入ったんだから」
「そういう場合には、払わなくていいのか?」
「そうだよ。その代わり、また会おうね。約束だよ」
 そういってミクは、携帯電話の番号を書いたメモをくれました。ぼくの部屋には電話がないので、工場の電話番号をかわりに教えました。
 帰りの電車の中で、ぼくは今日覚えたことを活かして小説の続きを書こうと思い、構想を練っていました。
 そして家に着くなり、鉛筆を走らせました。

    ぼくのしょうせつ【うんこたろう②】

   げすいどうをながれていたうんこに、てんから、しろいうみのようなものが、
ふりそそいできました。それはだれかの『せいし』でした。たぶん、このげすい
どうのうえで、だれかが『せっくす』をしていたのでしょう。それからしばらく
して、がんじょうなうんこのなかに、あかちゃんができました。じつは、うんこ
はおんなのひとからうまれたものだったからです。おんなのひとの『おまんこ』
と『おしり』は、ちかいところにあるので、うんこがうまれたときに、おんなの
ひとのなかのあかちゃんのもとも、まじっていたのです。こうして、なかにあか
ちゃんがはいったとくべつなうんこは、げすいどうから、かわへとながれていき
ました。

 ――ここでまた、続きが書けなくなってしまいました。
 どうにかうんこから赤ちゃんが産まれる話にはできましたが、それでもやっぱり、うんこを拾う人がいるわけがないのには変わりありません。
今日はここまでにしようと思いました。そしてまだ寝るには早いので、さっき新宿で拾ってきた雑誌を読み始めました。セックスのほかにも、何かためになることが書いてあるかもしれない、と思ったからです。
 しばらく読み進めているうちに、気になる記事が見つかりました。
 それは、『小説家・武者小路実篤の代表作「愛と死」、「友情」に学ぼう!』というものでした。
 「友情」とは、友達を愛することだそうです。異性同士の愛情は恋愛で、同性同士の愛情は友情と呼ぶことが多いのだそうです。異性同士でも友情は芽生えるけれど、それは難しいとも書いてあります。そして最後に、親友との友情を深めることによって、豊かな人生を送れるのです、となっているので、多分、友情は大切なものなのだろうと思いました。そしてぼくには、仕事の仲間はいるけれど、友達とか親友というものがないということにも気が付きました。
 そういったわけで、異性との愛情である恋愛は、さっきミクに教えてもらいましたので、今度の休みの日には、親友を探しに行こう、と決めました。

   第3章【友情なんて、うんざりだ。】

 今回の休日もまた、新宿にやってきました。
 前回のセックスと同じように、だれでもいいから急に友達になって、と頼んでも駄目だろうと思い、今日は作戦を練ってきたのです。
 広場のベンチに座っている、僕と年の近そうな男の人に声をかけてみることにしました。
「よお! お前のウミ……いや、セイシを飲んであげるから、親友になってくれよ!」
 先週、ミクに教わったように、愛情をしめすために、タメ語を使ってみました。
 ところが男の人は、身震いしながら、「いやいや、遠慮しときます!」とだけ言い残し、遠くへ逃げてしまいました。
 おかしいなあ、と思いながら、近くにいた何人かに同じことを言ってみたのですが、全員、逃げてしまいました。
 中には、先週はなしかけた女の子のお母さんのように、「気持ち悪いから、近づかないでくれ!」という人もいて、またまたやる気がなくなってきました。
 しかしぼくがそうして色々な男に話しかけているのを近くで見ていた男の人がいまして、その人にも話しかけようかどうしようかと迷っていたところ、向こうから逆に、ぼくに話しかけてきてくれたのです。
 黒いスーツを着ていて、坊主頭で口ひげを生やし、赤いふちのメガネをかけた、頭のよさそうな白人さんです。
「わたしはジョンというものだがね、近くにいたもので、君の話が耳に入ったんだよ。つまり君の親友になるという約束をすれば、私の精子を飲んでくれるということでいいのかね?」
「ああ! その通りさ!」
 ぼくは元気よく、いいました。
「そうかそうか。私のを飲んでくれるなら、そんなのはお安い御用さ」
「本当かい? じゃあ、どこで飲もうか?」
 と聞くと、ジョンはぼくを路地裏に連れて行きました。
 ぼくはこの前のミクとのやりとりを思い出しながら、「ゴムはないのかい?」といいました。
 「ないぞ。なんだ、ゴムフェラなのか? 飲んでくれるってことは、生でしゃぶってくれるんだと思っていたのだが」
 ジョンの言ってることがよくわからないので、「ゴムフェラ……って何だい?」と聞くと、「ゴムをつけておちんちんをしゃぶることだ」と教えてくれました。
 ぼくはそれを聞いて、やっと意味がわかりました。
 精子はおちんちんをこすっていると出てくるものだから、ミクがやっていたように、ぼくがジョンのおちんちんをしゃぶればいいということなのでしょう。今日はセックスをするわけじゃないから、ゴムはいらないんですね。
 そんなわけで、ぼくはジョンのおちんちんを舐め始めました。
 ミクの舐め方を思い出しながら、続けました。
 これはこれで、セックスとはまた違った面白い感触です。ミクのおまんこを舐めた時は、やわらかかったけど、気持ちい時のおちんちんは、硬いですからね。でも味は、似たようなものかな、と思いました。
 しばらくしゃぶり続けていると、ジョンが、「もっと早く、頭を動かしてくれ!」というので、その通りにしました。ここだけは、セックスと同じなのですね。
 そのうちジョンは、ぼくの頭を自分の両手で持って、自分でぼくの頭を動かし始めました。おちんちんの先がのどの奥に当って、ちょっと苦しいな、と思いましたが、我慢していました。
「ううう……で、出るよ!」とジョンが叫び、いったんおちんちんをぼくの口から離して、ぼくの舌の上に、たくさんの精子を出しました。
なんだか生臭くて、ねばねばしています。嫌な味だなと思いながらも、ぼくはそれを全部、飲み込みました。
そして、ミクが言っていたことの意味を理解したのです。こんなおいしくないものを、我慢して飲むから、愛情がないとできないってことなのでしょう。
 ジョンはすっかり満足そうにしながら、おちんちんをしまいました。
「これで、オレの親友になってくれるんだよな?」
僕は念のために訊いてみました。
「ああ、当然だとも。またしゃぶってもらえるのかな?」
「親友になってくれるのなら、いつでも何度でも、しゃぶるさ」
 するとジョンは、スーツの内ポケットから一万円札を取り出し、「あげるよ」と言ったのです。
 ぼくは、ミクがお金を受け取らなかったことを思い出し、「いいよ。だってオレたちはもう、親友同士なんだぜ」と言いました。
 ジョンは、「そうか。君は素晴らしい人だ」と言いながら、お札をしまいました。
 そして、こう続けました。
「君は体格もいいし、とても素直だ。大変気にいった。君さえ良ければ、いくらでも親友を紹介してあげられるんだが、どうかな?」
 それは願ってもない提案でしたので、ぼくは、「是非とも、お願いしたいものだ」と言いました。
 こうしてぼくは、ジョンのかっこいい黒塗りのベンツに乗せられて、パーティー会場へとやってきました。
 会場に入るのに必要だからといってジョンがくれた券には、『Drug & Gay Party』と書いてありましたが、ぼくは英語が読めないので、意味はわかりませんでした。
 倉庫のような何の飾りも看板もついていないコンクリートの建物の通用口をくぐりぬけ、薄暗い地下へと続く長い階段を降りると、そこにはとてもきれいな七色の照明に照らされたパーティーの会場がありました。
 さっきジョンからもらった券の切り取り線から半分を、会場の入り口に立っていた黒人の男の人に渡しました。その黒人さんはまるで爆発に巻き込まれたかのような大きな髪形をしています。深夜のテレビに出ていた白いピチピチの洋服を着て踊りながら歌う黒人さんによく似ているな、と思いました。ジョンはその男の人と抱き合いながら、キスをしています。男同士でもするものなのですね。
 ジョンが会場の奥へと歩いていくと、色々な人が話しかけてきました。日本人は少ないようです。それもあってなのか、ジョンの後ろをついて歩くぼくを、みんながじろじろと見ています。
 そしてジョンが、ぼくに会場の真ん中にあるステージの上に立つように言いましたので、その通りにすると、ジョンは僕の隣に立ち、マイクを使って話しはじめました。
「パーティーにお越しの皆さん、今日は本当にありがとう! 私はここのオーナーである、ジョンです! 今日は皆様の親友になりたいという日本の若者をゲストとしてお招きしました! なんとその代わりに、みなさんのおちんちんをしゃぶって精子を飲んでくれるんだそうです! この素晴らしいナイスガイ君に、盛大な拍手をお送り下さいませ!」
 割れるような拍手が、ぼくに向けられました。
「さあ、ここにいるみんなが君の親友になってくれるからね。思う存分、みんなのおちんちんをしゃぶり、精子を飲んでやってくれ」
 すごいことです。ここには100人以上の人がいるようですから、うまく頑張れば、今日一日だけで100人の親友ができてしまうわけです。
 次々に会場の人々がステージに上がってきたので、ひとりずつ、時には2人同時に、おちんちんをしゃぶり、精子を飲んでいきました。
 半分くらいの人のものを飲んだ頃には、あごが痛くなり、お腹の中も変な感じでしたが、ぼくがステージにいるあいだ、まるで芸能人かのように、写真もたくさん撮られましたし、ビデオも廻っていましたから、みんなの期待にどうにか応えようと頑張って、とうとう、全員分の精子を飲み終えたのです!
「よくやった! 感動した!」
 といって、いつの間にか用意してくれていた豪華な花束をジョンがぼくに渡してくれました。
「今日から私たち全員が、君の親友だよ!」
 またまた場内に拍手の渦が巻き起こりました。ぼくはうれしくなって、涙が出てきました。こんなにぼくが注目されるなんて、多分、生まれてはじめてのことだろうと思ったからです。
 そしてぼくがステージから降りた、その時です!
 入り口の方から、大勢の足音が聞こえてきたかと思うと、「動くな!」という声がして、武装して拳銃を構えた、たくさんの警官が一斉に飛び出してきたのです!
 それまでうるさかった会場は一気に静かになりました。
「全員、その場で手を挙げろ!麻薬不法所持の現行犯で逮捕する!」と警察官のうちのひとりが言うと、会場の全員が手を挙げました。
 ぼくも手を挙げました。警察官が、少しずつ動き出し、ぼくの親友になってくれた男の人たちに、次々と手錠を かけていきます。
 するとそのうちの一人が、手錠をかけようとしていた警察官の手を振り払って拳銃を奪い、警察官の頭を殴りつけました。
 殴られた警察官は、その場に倒れ、その人は奪った拳銃を周りにいた警察官に向けたのです。
 その瞬間、何人かの警察官がその人に向けて、銃を発射しました。
 その人はまたたく間に血まみれになって、倒れました。
 そこから先は、本当になにがなんだか訳がわかりませんでした。
 手を挙げていたうちの何人かが、やはり銃を取り出して、いつのまにか警察官との激しい銃撃戦が始まっていました。
 血しぶきと悲鳴が飛び交う中、ジョンがぼくに、隠してあった裏口から逃げるようにと、指示しました。
「ジョンはどうするんだ!?」
「私はもう少し、ここで粘る。責任者だからな」
「そんな、ジョンを置いて逃げるわけにはいかない!」
「何を言ってるんだ、私は君の親友じゃないか。君を逃がしてやるのが、私の務めなんだよ」
 ジョンは、ぼくのシャツの襟元ををつかんで、ぼくの体を壁に投げつけました。
 ぼくの体がカベにあたると、カベが回転ドアのようになっていて、気が付くとぼくは、カベの向こう側にいました。ジョンのことが気になったので、戻ろうとしましたが、ドアはびくとも動きません。どうやらこちらからは開かないようになってるみたいです。
 暗い通路を歩き続けていると、光が見えてみました。出てみるとそこは、新宿の駅前でした。
 ぼくは後から誰かがこの通路を通って出てくるかもしれないと思い、何時間か出口のところで待っていたのですが、いくら待っても、誰も出てきませんでした。多分、あの隠しドアは、一回しか開かないようになっていたのでしょう。
 しょうがないので、ぼくはジョンが無事だといいなと考えながらも、家に帰りました。
 そしてその日の夜、テレビを見ていると、ニュースで、ジョンを含めた会場の全員が、射殺されてしまった事を知りました。
 せっかく、親友になってくれたというのに、みんな死んでしまったのです。
 ぼくは、親友なんか、もううんざりだ。たとえ死んでしまったとはいえ、確かに今日、ぼくには100人以上の親友ができたのですから、これで十分だ、と思いました。
 今日の出来事を参考にして、小説の続きを書こうかと思いましたが、なんだかそんな気にもなれないので、それはやめました。

   第4章【読書なんて、うんざりだ。】

 ジョンの事件があってからというもの、ぼくはそれ以上、小説を書こうという気になれませんでした。
 そんな状態のまま、1ヶ月が過ぎようとしていました。
 やっぱり、親友って、大切なものだったんだな、と思いました。
 そういえば、工場に何度か、ミクからの電話が入っていました。だけど、ぼくはなんだか、こんな落ち込んだ状態で会っても、ミクをがっかりさせてしまうかもと思い、会う約束を断り続けていたのです。
 そしてそれから何度目かの休日の、午前中のことです。
 このところ毎日やっていたらすっかり趣味のようになってしまっていた『広辞苑』の読書をしていたところ、呼び鈴が鳴りましたので、また隣人が小説の進み具合を聞きに来たのだと思い、ドアの外を見ると、そこにはなんと、ミクの姿がありました。
 住所なんて教えてなかったはずなのにと思いながらも、ドアを開けると、ミクはぼくに抱きついてきました。
「全然会ってくれないから、ミクのこと、嫌いになったんだと思って、心配してたんだからあ!」
 涙声でそういうもので、ぼくは、
「ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ」
 と言いました。
 そして、隣人と勝負をすることになり、その小説を書き進めるための勉強をしようと思って色々と試していたところ、ミクと会い、ジョンと出会い、そしてジョンたちが死んでから、ぼくは落ち込んでしまって、小説も手につかなくなってしまったんだということを洗いざらい、話しました。
 ミクはぼくの話を聞いた後、しばらく黙っていましたが、
「その小説って、これのことだよね?」
 といって、コタツの上に置きっぱなしのまま、ここ1ヶ月以上、手付かずだったノートを手に取りました。
「ああ。そうさ」
「読んでもいい?」
「いいよ」
 ミクは、ぼくの小説を読み始めました。
 考えてみたら、僕以外の人がこれを読むのは、はじめてのことです。
 なんだか恥ずかしくなってきたので、、何も気にしていないふりをして、ぼくはテレビを付けて、興味のない料理番組を見ていました。
「いいじゃん、これ」
 と、ミクが突然、言いました。読み終えたようです。
「そうかな?」
 ぼくは照れくさそうに答えました。
「文学とかのことはよくわかんないんだけど、ミクはこの小説、すごく気に入ったよ。さっすが、あんた、ミクが見込んだ男だけのことはあるじゃん」
「あんまりほめないでくれよ。恥ずかしいから」
「でも別にお世辞とかじゃないよ~。本気なんだから~。早く続きが読みた~い!」
 そんな風にしてミクに小説の続きをせがまれているうちに、何だかぼくはまた、頑張ってみようかな、という気になってきました。
「おう! わかったよ。頑張って続きを書くよ」
「本当に~? あんたが小説家とかになったらさ、マジうれしいかも」
「そうなの?」
「うん。だって小説家って、かっこいいじゃん」
「そうか、小説家って、かっこいいんだ?」
「そうだよ。だから頑張ってね。……あ! ちょっと聞いていい?」
「なに?」
「締め切っていつ?」
「締め切り? なにそれ?」
「なにそれって、だってこの小説、新人賞に応募するんでしょ? だったら、いつまでに出さなきゃいけないって決まりがあるんじゃないの?」
「そんなものがあるのか?」
 ぼくは、隣人からそういったことは何も聞いていなかったので、まずいなと思いました。
「とりあえず、隣のヤツも出してないみたいだから、まだ大丈夫さ。だけど、それは聞いておかないとな。ほかにも知らなきゃいけないことってあるかな?」
「あと、枚数とかは?」
「それにも決まりがあるのか?」
「ミクに聞かれても困るよ。隣の人に聞いたら」
「わかった、そうするよ」
 ぼくは隣の部屋の呼び鈴を鳴らしてみました。
 隣人はすぐに出てきました。
「あららあ、こんにちはあ。めずらしいい、もんです、ねええ。あなたのほうからあ、やってきてくれるなんてえ、ほんとお、久々でしょお?」
「そうですね。それでですね、小説のことで、聞きたいことがあるんです」
「そうおですかあ。よかったあ、よかったあ。ここんところお、小説の話をしてもお、全然、聞いてくれなかったでしょお。もう、書く気があ、ないんだとお、思ってましたよお」
「ついさっきまで、そうだったんですけど、もう一度、頑張ってみようと思ったんです」
「ははあ。いま来てるう、女の子にい、ほめられたからあ、でしょう?」
「何でそんなこと、知ってるんですか?」
「そらあ、こんなあ、ボロアパートお、ですからねえ声がア、聞こえてえ、きたんですよお」
「そうですか。……まあ、あなたの言うとおりですよ。それで、小説の枚数と、締め切りの決まりって、あるんでしょうか?」
「あれえ? ゆってなかったですかあ?」
「はい。聞いてません」
「そうおですかあ。あのねえ、枚数はあ、400字詰めでえ、100枚でえ、締め切りはあ、2ヵ月後、ですよお」
「そうですか。ありがとうございます」
 ぼくは部屋に戻るなり、たったいま聞いた内容を伝えました。
「ふ~ん。どう、できそう?」
「どうかな……いや、ちょっと、無理そうだな」
「なんでよ?」
「だってさ、書き始めてから、もう2ヶ月近く経つのに、数えてみたらまだ、2枚しかできてないんだよ」
「そっか……それじゃ、無理かもね……でもなあ、何とかならないかなあ」
 ミクは少しの間、考えるそぶりを見てから、こう続けました。
「仕事、辞めちゃえば?」
「そんなこと言われても、それじゃ生きていけないよ」
「ミクがあんたの生活の面倒をみたげるからさ」
「……そんなことできるのか?」
「うん。ミク、エンコーしてて、お金いっぱい持ってるらからさ」
「そうなんだ?……それはうれしいけど、でも、工場を辞めたら、ここも出て行かないといけなくなる」
「それも心配しなくていいよ。新宿のパパがミクのために借りてくれてる、マンションがあるよ。そこに一緒に住もう?」
「そうか。……ミクって実は、すごいんだな」
「そんなことないよ。ミクくらい可愛ければ、これくらい、普通だよ」
「そうなのか。……わかった、そうするよ」
 こうしてぼくは、今までお世話になったのに悪いかなとも思いつつ、親方にそのことを話しにいくことにしました。
「そうか……お前はよく働いてくれるやつだったからな。残念だな」
 と親方は言いいました。
「申し訳ありません。ご恩は、決して忘れません」
 そう言いながらぼくは、深々と頭を下げました。
「まあ、そう頭を下げるようなことじゃねえさ。お前が一人前に女なんか作る時がくるなんざあ、オレは夢にも思ってなかったからよ。うれしいことよ。なんたってオレは、お前がここに来てからと言うもの、身寄りのねえお前の、父親代わりみてえなもんだったからな」
 親方が言った『父親』という言葉に、ぐっと来ました。
「だけどよ、女との縁ってのはよ、親子の縁とは違って、いつ終わるか知れねえもんさな。その娘と別れるようなことになったらよ、ここが実家だと思って、いつでも戻って来いよ!」 
 親方は、そういいながら、力強く、僕の肩に手を乗せました。
 ぼくは、しめっぽいのを嫌う親方のことを気にしてそれまで我慢していた涙が一気あふれ出してくるのを感じながら、両手でぼくの肩の上の親方の手を取りました。
 親方も、もう片方の手を重ねてきて、固い握手を交わしたのでした。
 こうしてぼくは、ミクが援助交際で得た金で養なわれながら、新人賞を目指して、創作活動に励むことになったのです。
「それにしても、どうして、こんなに何でもしてくれるんだ?」
 とミクに聞いてみましたら、
「あのね、ミクっていままで、いろんな男に人に、何でもしてもらえてたのね。だから今度は、ミクが何でもしてあげる相手が欲しくなって来たの。ミクが好きでやってることなんだから、あんたは何も遠慮しなくていいんだよ。そのかわり、いい小説を書いて、小説家になってくれないとだめだよ」
 とミクは言いました。
「そうか。じゃあ、ミクのためにも、頑張るよ」
 ミクは、お金ならいくらでも出すから、小説を書くために役に立つ本があったら、何冊でも買っていいよ、と言いました。でも実は、ぼくは本なんていままで、一冊も買ったことがなかったのです。本屋さんの小説コーナーに、ぼくのような頭の悪そうな男が立っているのを、頭のいい大卒の先生とかに見られているのかと思うと、本当にいたたまれなくなってしまい、いつも何も買わずにただ店内をうろうろしたまま出てきてしまっていたのです。多分、店員からは万引きでもしようとしてるように思われていたりするんだろうな、なんてことまで思ってしまうのです。さらに、文字の本ばかりが置かれているという図書館に至っては、入ることもできません。
 そのことを正直に話してみたところ、ミクは、
「多分それもあんたのいいところなんだよ。あんたはそのままでいてほしいから、ミクが代わりに買ってあげるよ」
 と言って、どんどん色々な本を買ってきてくれようになったので、助かりました。
 おかげでぼくは、毎日、名作小説と親しみながら、創作への気運を高めていくことができました。わからない言葉は『広辞苑』で調べながら、次々に読破していったところ、読むスピードも速くなってきて、1カ月後には、300ページくらいの本を、1日に10冊は読めるようになっていました。
 こうしてぼくは、どうにか100冊以上の小説を読み切り、これでもう大丈夫、準備は万端だ、と考え、小説の続きに取りかかることにしました。
 でも何だか、頭がよくなりすぎてしまったようです。色々なことが気になってしようがないのです。
 思想ってものが必要らしいとわかってきました。
 哲学とか社会批評とかそうゆうのです。
 ぼくはぼくであって、でもぼくはぼくではない。とかなんとか、工場にやってきて一週間しか経たないうちに、屋上から飛び降りて自殺してしまった同僚が言ってたのを思い出しました。それを真似てみようかと思いました。
 ぼくのおちんちんはぼくのおちんちんであって、でもぼくのおちんちんはぼくのおちんちんではないのです。これはミクのものです。そしてジョンのものでもあります。つまり、ぼくのおちんちんは、みんなの共有財産なのです。
 ああ、なんだか哲学だけでなく、経済の問題までもが理解できそうな予感がしてきました。
 場合によっては、政治や宗教までもがこの考えをつき進めることで理解できるのかもしれません。もっと勉強を積んでから、そういうことも考えてみたい、と思いました。
こんな感じで、ぼくはものを考えることの面白さに、すっかり魅了されていました。
 あと他にはたとえば、文学と美の関連性について考えてみたりもしました。
 そういえばぼくは、音楽のことは詳しくは知らないのですが、スティーヴィー・ワンダーの曲が好きなんです「あじゃすこーゆせいあらーびゅー」とか「いずんすぃーらぼり」とか、単純にすごく美しいと思うのです。ああいう曲がぼくにもつくれればな、とも思うのですが、あいにくぼくは楽器が出来ないので、せめて小説でああいう感動的な美しさを表現できたらいいなと思いました。そうなんです。音楽は楽器が出来ないと作れないものですが、小説は文字さえ書ければ作れるのです。調理せずにまるかじりできるトマトみたいなものです。その分、素材の質が重要なのかもしれません。アレンジでどういうふうにもなる音楽のように、調味料でごまかすわけにいかない気がします。そういう意味では文学の方が難しい気もするのです。
 でもまだ、音楽と文学の両方ともよく知らないのに、結論は出せないかなと思い、続きはまた今度、考えてみようと思いました。
 差別問題についても考えてみました。
 島崎藤村の小説に出てきたものです。
 差別されることの苦しみは、少しはわかったかもしれません。でも、差別する側の気持ちは、よく理解できていないのです。そんなことしても別に楽しくもなんともないですよね。だれそれがやれ被差別部落出身者だ、在日朝鮮人だ、在日韓国人だ、右翼だ、左翼だ、学会員だ、だからなんだというのでしょう。ぼくたちはみんな人間だ。それでいいじゃないかと思います。何が違うって言うのでしょう。
 考えているうちに、いやになってきましたので、これについて考えるのも、後回しにしようと思いました。
 エコロジーについても興味を持ちました。
 でも考えてみたら、自然を壊してるのって、人間だけですよね。人間がいなくなればいいことです。じゃあ、どうすればいのでしょうか。
 これもまだ、ぼくに答えの出せそうな問題ではないようです。
 あとは、どうして小説の中で主人公が飲んでいるコーラが、ペプシじゃなくてコカコーラだったりするのだろうなんてことも考えてみました。
 色彩面を考えてのことなのでしょうか? それともそれ以外のその小道具が何であるかの詳細な描写をすることで何らかのイメージを伝えたいという魂胆があっての事なのでしょうか? いやむしろ、詳細な描写であるということ自体を伝えたいということなのかもしれません。いずれにせよ、その表現に何の意味があるのかが、僕にはいまいちよくわからないのです。その描写を行うことによって、作品の価値が変わってくるとでも言うのでしょうか? もしかすると、作者の好みの傾向を読者に伝えることによって、共感を得やすくするための手段なのかもしれません。それとも、想像したことをできるだけ読者にわかりやすく伝えようということなでしょうか?逆に読者の想像に殆どをゆだねてしまうことも出来るはずですが、それだとせっかく作った物語なのに、自分の考えたとおりに伝わってくれないですからね。
 はたまた、執筆行為とは常にオナニーに過ぎないのかとも考えてみました。
 読者という、間接的な相手は、確かにいます。とはいえそれは、あくまでもお互いに見知らぬ関係でしかでしかないのです。すなわちそれは、アダルトビデオのなかでオナニーを見せるAV女優と、それを見てオナニーしている視聴者の関係と、なんら変わりはしないでしょう。では、作者と読者の関係がセックスたりうるには、どうすればいいのでしょうか。それには、実際に作者と読者が肉体関係を結ぶ以外に方法はないのかもしれません。
 あれ? 気が付いたらずいぶんと、変なことになってしまっていますね。
 それにしても、まだ読んでない本がたくさんありすぎて、どうすればいいのだろうと思いました。
 読まなくても部屋に積まれた蔵書から文豪達の魂が僕に乗り移り、新たなる文学を僕の手によって産み出そうとしていたりしないかな、などとオカルトめいたことも考えてはみたものの、そんなのふざけすぎかな、とも思うのです。
 ・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・
 何だか、読書のしすぎで、色々なことを考えすぎるようになってしまい、頭がパンクしそうです。
 このままでは、小説を書くどころではありません。
 そこでぼくは、小説を書くために、しばらく読書をしないことに決めました。
 読書なんて、うんざりだと思いました。
 それからというものぼくは、すっかり気持ちを切り替えて、小説の執筆に打ち込むことになりました。
 やる気に満ちあふれていたぼくは、今ならきっとやれる、と思いました。
 こうしてぼくは、小説にかかりきりの2週間を過ごし、どうにか応募用の小説を書き上げることができたのです!
 誰よりもまず先に、外出中のミクにそれを伝えようと思い、携帯電話に連絡を入れました。呼び出し音が途切れるやいなや、ぼくは、
「ミク! やったぞ!」
 と、受話器に向って、叫びました。
 ところが、実は電話に出たのは、ミクではなかったのです。
 それは、ミクの父親でした。
 ぼくはびっくりして、電話を切ってしまいました。
 そして、どういうことだろうと考えていたところ、玄関のドアが開きました。
 ミクが帰ってきたんだと思い、ドアの方に向かいました。
 ところが、開けられたドアの外には、誰もいないのです。
 不審に思いながら、ドアの外に出た瞬間、ぼくは何者かに後頭部を殴られ、意識を失いました。

 冷たい!
 と突然感じて、ふと気が付くと、そこは警視庁の取調室の中でした。
「おお、やっと目を覚ましやがったか」
 年配の刑事が、氷水を入れられた鉄ナベを手にしながら、言いました。
 そして、
「純朴な女子高生をたぶらかし、援助交際をさせて私服を肥やしていたのは貴様か!」
 と言いながら、目の前にある机の上を、拳で思い切り叩きつけました。
「どういうことですか!?」
 と言いながら立ち上がろうとして、ぼくは椅子の後ろの両手首に手錠がかけられていて、動けないことに気が付きました。
 その後、ミクとの関係について、色々と聞かれた結果、ぼくは売春あっせんの容疑で、逮捕されることになってしまいました。
 刑が確定される刑事裁判が終わるまでの間に、留置所に親方と隣人が尋ねてきました。
 親方は、
「災難だったな、でも、両想いだったんだし、相手が高校生だったのは運が悪かっただけさ。でも法律は法律だからな。こうなってしまっても、仕方あんめえ。しばらくおとなくして、早く刑を終えるんだぞ。もう帰るところもないだろうから、オレの工場に戻ってきな」
 と言ってくれました。
 そして隣人は、意外なことを教えてくれました。
 ぼくが警察に連行された後、隣人のもとに、ぼくが小説を書いていたノートが、宅配便で届けられたのだそうです。
 それにはミクからの手紙が同封してあったのです。
 それを隣人が持ってきてくれたんです。
 ミクからの手紙を読んでみると、ミクはいま、厳しい両親に家に閉じ込められているため自由に外出ができないようです。
 ぼくのノートは、ミクが刑事さんに連れられて、マンションの現場検証に立ち会ったときに、こっそり持ち帰り、携帯電話で親方に電話して、ぼくの住んでいたアパートの住所を聞き、ミクと親かった友人に頼んで、隣人のもとに送ったというのです。
 やっぱり、ミクはすごいなと思いました。
 隣人は、ぼくのかわりにぼくの小説をノートから原稿用紙に書き直し、新人賞に応募してくれると言ってくれました。
 色々な人に支えられていて、ぼくはしあわせ者だ、と思いました。
 そして数日後の刑事裁判で、ぼくに1年間の懲役刑が下ることが、決まったのです。

   第5章【文学なんて、うんざりだ。】

 ぼくは早く刑期を終えようと必死の思いで頑張り抜き、模範囚に選ばれ、8ヶ月で出所することができました。
 出所の日の朝、拘置所の門をくぐると、親方が出迎えに来てくれていました。
 そして親方のトラックに乗って、かつてぼくが住んでいたアパートへと帰る途中の信号待ちをしているときに、交差点の角にある書店に並んだ文芸書の表紙に、なんと、『うんこたろう』の文字が記載されているのを、発見したのです!
 ぼくは親方に車を路肩に止めてぼくをおろしてくれるよう、頼みました。
 本屋の前に立ち、その文芸書を手に取って、やはり間違いないということを、改めて確認しました。
 隣人の手によって応募されたぼくの小説が、新人賞をとっていたのです!
 しかし、それはつかの間の喜びでした。
 どうして俺の元に知らせが来ていなかったのだろうと思いながら、もう一度よく表紙を見直してみると、なんとそこに作者名として記されていたのは、ぼくの名前ではなく、隣人の名前だったのです。
 なんてことでしょう。
 でももしかすると、隣人は、ぼくが拘置所にいる人間ということを考慮して、それが新人賞の選考に悪影響を及ぼさないようにと、わざとそうしたのかもしれません。
 とりあえず、その文芸書を購入し、ぼくは一路、アパートへと向うことにしました。
 そういえば、ぼくは以前なら、本屋は怖かったはずなのに、さっきは何ともありませんでした。本をたくさん読んだおかげで、恐怖症は治ってしまっていたようです。
 アパートに着き、親方と別れてから、まずは隣人の部屋の呼び鈴を鳴らしてみました。
 しかし、出てきたのは、あの隣人とは別の、見知らぬ男性でした。
「あの、あなたは一体、どなたでしょうか?」
 と聞くと、
「どなたって、ここの住人ですけど、何か用ですか?」
 と言うので、
「いつから住んでるんですか?」
 と聞いてみると、
「もう半年くらいになるよ」
 と言いました。
 あの隣人と一緒に住んでるのかもと思い、それも聞いてみましたが、違いました。
 なんてことだろうか、と思いながら、ぼくはかつて自分が住んでいた部屋に入りました。
 持っていた文芸誌を開き、小説の本文に目を通してみましたが、やはりぼくの書いたものでした。
 隣人の顔写真入りの受賞コメントを詠んでみると、自分で書いたとしか取れない内容で、ぼくのことには、一切、触れてないのです。
  ぼくは猛烈に、腹が立ってきました。
 どうにかして、これがぼくの作品だということを証明してやろうと思い、そのためにも、ぼくと隣人のほかにただひとり事実を知っている、ミクに連絡を取ってみようと思いました。
 携帯電話の番号を控えたメモは、ぼくが前にこの部屋に住んでいたときのまま、戸棚の中にしまってありました。
 またミクの父親が出たら怖いな、とも考えたのですが、そんな悠長なことを言ってる場合ではないのです。
 果たして、本当に、ミクの父親が出てしまいました。
 怒られるのを覚悟で、事情を話してみたところ、ミクの父親は意外なことを話し始めました。
「君か。ミクなら、死んでしまったのだよ」
「え? どういうことですか?」
 ぼくはその言葉をすぐには信じられませんでした。ぼくがミクともう会わなくなるようにと、嘘をつかれているのかもしれない、と思いました。
 しかし話を聞いていると、どうも嘘にしては、あまりにも巧妙すぎるのです。
 ミクは、ぼくとの間にできた子供を宿していたというのです。
 そして1ヶ月ほど前にその子を出産した後、体の調子を崩し、死んでしまったというのです。
 どうしても信じられないと思い、ぼくはミクの実家まで行ってもいいかどうか、尋ねました。
 ミクの父親は、少し渋ったような声を出して考えた後に、
「まあ、あんたは娘をたぶらかしたひどいやつだが、娘が愛した男なわけだし、孫の父親でもあるからな。線香くらいはあげにきてもいいぞ」
 と言ってくれました。
 ミクの実家に行ってみると、確かに、仏壇にミクの遺影が置かれていました。
 ぼくとミクの間にできたという子供には、会わせてもらえませんでした。ミクの両親が、ミクの代わりにこれから育てていくつもりだから、ぼく会わせたくないのだそうです。ミクによく似た女の子だ、ということだけを教えてもらい、そこを後にしました。
 帰りの電車の中でぼくはミクの夢を見ました。

 夢のなかでぼくは、ミクと話すことができました。
「ミクが死んだなんて、信じられないよ」 
「ごめんね。だけど、小説、新人賞受賞して、よかったね。あ、でもミクがいないと、隣の部屋に住んでた男に、手柄を横取りされたままなのか!どうしようか?」
「そうだな……でも、なんかもう、そんなこと、どうでもいいや」
「どうして?」
「もう、疲れちゃったよ。せっかく親友になれたジョンも、恋人になってくれたミクも、ぼくから離れてしまった。もう、なんのために小説を書けばいいのか、わからないんだよ」
「そっか。だったらさ、ミクとあんたの間にできた子供のためとか、あんた自身のためにさ、書いてみたらいいんじゃない?」
「そうかな?でもさ、ぼくは自分の失われた過去の物語を作ろうと思って、あの小説を書いたんだよ。だからもう、自分のための小説はいらないんだ。それに、小説を書くことが、ぼくらの娘のためになんてなるんだろうか?」
「まあ、あんたの好きにしなよ。とりあえず、あんた、ミクの分まで長生きしてね。ミクはこれからも、あんたと、そしてあんたとミクの間に産まれた娘のことを、ここで見守っているからさ」
「そうかい。うれしいな。どうもありがとう」

 目覚めたぼくの頬には、涙の流れた後が付いていました。
 それにしても、ぼくはあの小説を仕上げるために、たくさんのものを失ってしまったんだな、と思いました。
 でもとりあえず、あの小説を書き上げたことによって、ぼくは自分の過去を作ることができたわけだし、ミクは、ぼくらの娘という、未来を作ってくれたのです。
 ぼくの手を離れて、小説は売れ、娘は成長していくのです。
 他には何もいらない、と思いました。
 だからもう、文学なんて、うんざりだ。
いつかまたミクと再会できるその時まで、このまま平凡な人生を送っていければ、それでいいかな、と思うのです。(了)

2002年06月30日 中篇小説 トラックバック(0) コメント(0)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。